第100話

 その後、帝国は一気に大混乱に陥った。

 血の建国記念日と呼ばれることになったあのテロ事件は、対外的にはアリーナ中佐の裏切りとザルツ公国の残党による分離を求めたテロ事件として処理された。アリーナ中佐は俺が討ち取ったということに歪曲されてしまった。


 少なくともテロ首謀者の女を取り逃したとすれば、帝国の威信にかかわるらしい。

 何が威信だ。帝国最高幹部たちを守ることができなくて、なにが……


 結局のところ、あのテロ事件では宰相と軍務大臣の上位閣僚2名が犠牲になり、女王陛下は重傷を負った。ウイリーはまだ、目が覚めない。


 さらに、アルフレッドは意識こそあるが、長期の公務離脱を余儀なくされた。


 そして、一番の危機は別にある。


 ポール少将が軍務省において、もっとも重要な地位に収まることになったことだ。少なくとも、あいつの容疑が晴れたわけではなかった。アリーナが裏切っていたから、うやむやになっただけだ。


 大臣が殉職し、次官が負傷によって長期的に離れなくてはいけなくなった。これで軍務省はナンバー1とナンバー2を同時に失ったことになる。そして、予備役一歩手前だったポールだったが、軍務局長というポスト的にはナンバー3だったために大臣臨時代理に就任した。これは軍務省の規定通りの処置だが……


 宰相と軍務大臣を失い、最高意思決定機関である女王も意識が戻らない状態では、軍務大臣の代理は大きな権限を持っている。宰相代理は、財務大臣が就任したが、彼は官僚上がりで力は制限されている。


 一番危険な男が政府において力を持ってしまったことは不幸だ。

 何とか力を制限するために動きたいが……俺の後ろ盾になってくれていた人たちは……


 そして、軍務省にポールが閣議を終えて帰ってきた。


「おめでとう、クニカズ局長。あなたは賊を討ち取った功労者だ。我が軍は、功労者に対しての称賛を惜しまない」


 演技のような賞賛に俺はイラついた。


「ありがとうございます」


「そこでだ、閣議において君への昇進を通しておいたよ。クニカズ少将、ただいまの時刻を以てキミを中将に任ずる。また、軍務省情報局長の任を解き、北方管区司令官に新しく任ずる。おめでとう、栄転だ」


 いやらしい笑顔で笑う。俺はかつてない屈辱で震えていた。北方管区司令官は、一見栄転に見えるが、実質は俺を中央から遠ざけたいがための人事だ。さらに、グレア帝国やマッシリアに備えるのは、南方もしくは東方管区であり、北方管区には大した戦力が配備されていない。俺という目の上たんこぶを中央から追放して自分が政府の主導権を握るための恣意的な人事としか思えない。


「では、よい旅を。クニカズ中将?」


 ※


―北方管区司令官室―


 俺は基地に到着すると、引継ぎを終えて、すぐに幹部を集めた。だが、軍団幹部は俺が見知った顔ばかりだったわけだが。


軍団長:クニカズ中将

副軍団長:クリスタ少将

参謀長:リーニャ少将


「まさか、みんな北方管区に左遷されるとはね」

 クリスタは苦笑いしながら気持ちを代弁してくれる。


「私たちはクニカズ・マフィアだから仕方がないわ。かなり警戒されているのよ。それよりも、アリーナの件は、私が気づけなかったことに責任があるわ。本当に申し訳……」


「いや、リーニャが謝ることではないよ。それなら直接止めることができなかった俺にも責任がある」


「クニカズ……」


 実際、本人には聞いたわけではないが、アリーナの裏切りを知ったリーニャは、その場で泣き崩れるほどの動揺をしたらしい。


 彼女にすべての責任を取らせるのは酷である。


「だが、クニカズ。この北方管区では俺たちの動きは制限されるぞ。ここはほとんど予備の戦力のようなものだ。お前の影響が強いと考えられて転属となった軍第1遠征旅団が配下にいるのが唯一の救いで、あとはお前たちが秘密裏に整備している艦隊くらいだろう?」


「ああ、戦力は正直に言うと心もとない」


「だから、聞かせてくれよ。この後、どういう流れになると思っているんだ?」


 クリスタは俺にそう迫る。


「おそらく、ポール率いるヴォルフスブルク政府は、旧ザルツの締め付けを強化するだろう。そこにグレア帝国が介入し、全面戦争になると思う」


「「全面戦争っ!!」」


「ああ、残念ながらな……」


「だが、こちらの方が航空技術に有利なところがあるんだろう? どうして、そんな無謀なことを」


「おそらく、向こうは航空技術を隠しているんだと思う。実際、俺もテロリストたちを潰す時に向こうのエースと戦ったが、かなり強かった」


 ヴォルフスブルクの航空技術の優勢は、妖精の加護によるところが大きい。アリーナは自分も妖精の加護を受けていると言っていたことを踏まえれば、向こうにも同等の戦力があると分析した方が安全だ。


 さらに、テロ事件で混乱が続く状況が最大のチャンスである。あの宰相なら間違いなくここを狙って動き始めるはずだ。戦争が近いはずなのに、何もできないことがもどかしすぎる。


 そして、それを解決する唯一の選択肢が自分の手元に残っていることもわかってはいた。

 数が少ないとはいえ、軍事力は保有しているのだ。


 クーデターによるポール排除。その誘惑に俺は誘われていた。

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