第9話ホームレス、優等生を泥沼に引きずり込む

「それでは、机上演習をはじめる。攻撃の効果測定は、サイコロを使って測定する。よいな? では、演習スタート!」


 教官がそう宣言すると、戦争が始まる。


「我が軍は、重装歩兵を前面に展開しながら進軍します」

 リーニャ大尉の方は俺たちよりも戦力数は2倍以上ある。重装歩兵を前に出して、後方に弓兵・魔力兵・砲兵を守る。そして、俺たちの前線が崩壊したら一気に騎兵が進軍する。


 教本通りの正統派な攻め方だ。


「我が軍は、敵の奇襲攻撃によって崩壊した前線を立て直すために一気に後退する。前線の兵はできる限り遅延戦闘を繰り返して後退」


 リーニャ軍が、俺たちの領土を瞬く間に制圧していく。しかし、どこかで立ち止まらなくてはいけない。向こうは、遠くの自国から物資を輸送しなくちゃいけないからな。攻めれば攻めるほど、物資はなくなっていく。


 敵軍の攻勢は、2日目にして止まった。一方的に攻めていたから想定以上の物資を食いつぶしたんだ。

 俺は兵を後方に下げて用意しておいた地形に兵を集結させた。


「クニカズ大尉、うまくいきましたね!」

 すでに、クリスタ大尉が俺の用意しておいた場所に、物資を輸送し始めている。まさか、ここまで効率的に輸送計画を立ててくれるとは思わなかった。


 やっぱり、彼はシナリオ2以降から登場する……ヴォルフスブルクの裏の支配者か。


「ああ、すごいよ、大尉は輸送系の天才だな!」

 俺たちは、お互いの拳をぶつけ合う。アルフレッドに続いてここでも友情が生まれたな。


「何を言ってるのよ!! さっきから逃げてばかりしかじゃないの。異世界の英雄が、こんなに情けないなんて、思わなかったわ。補給が終わり次第、すぐに前進を!」


 そして、リーニャ大尉軍は、少しずつ俺たちに誘導されていく。あえて、敗走ルートをあの湿地帯の近くに設定してある。勝利の美酒に酔っている敵軍は間違いなく誘いこまれる。


 そうすれば……


「はじまって1週間で、もう敵軍はボロボロよ。このまま一気に押し切るわァ! 味方主力3万を東に移動させる。たかだが、6千の守備兵になにができるの!?」


 そこは、俺たちが陣地を作って要塞化している湿地帯だよ、貴族のお嬢ちゃん?

 まぁ、学校では"野伏のぶせ"なんて教えないか。


 俺は歴史シミュレーションゲームオタクだ。こういう机上演習は死ぬほどやってきたんだよ。実地で学んでいるんだ。机の上だけで学んできたやつには、そう簡単には負けないぜ。


 リーニャ大尉軍は、俺の用意した囮部隊をおいかけて一気に進軍していく。

 湿地帯の陣地はほぼ完ぺきに成立している。


 囮部隊は、湿地帯に達するとさきほどまでの弱腰とはうって変わって勇猛な守備隊に変わった。

 さらに、湿地帯の左右には魔力兵と砲兵を待機させていた。


 そして、湿地帯はぬかるんでいるので兵士たちの脚は沼にとらわれていく。完全に動きが鈍った。


「今だ! 砲兵と魔力兵は敵前面に火力を集中させろ。3方向から攻撃だ」

 リーニャ大尉の兵士たちは、次々と倒れていく。


 これが"野伏のぶせ"だ。


 囮の兵士が自軍に有利な場所に敵兵を、用意しておいたで包囲して敵を迎え撃つ。


 この作戦で難しいのは、数が少なくなりやすい前面の囮の兵士たちをどう食い破られないか、だが……


 俺たちは湿地帯を守りに使うことで、少数の兵力をカバーした。さらに、立地的に兵士たちを逐次投入しなくてはいけなくなるので、それを利用した。


「リーニャ大尉! このままでは主力部隊が壊滅してしまいますわ!?」

 大尉のチームメイトは慌てて彼女に進言する。


「うるさい! 黙っていなさい。あなたは最初にすべてを私に任せると言ったでしょ。撤退を。すぐに引き返します!!」


 しかし、沼地によって素早い撤退なんて不可能に近い。さらに、前線の兵力は猛攻にさらされている。被害はどんどん増えていく。逆に、俺たちの戦力はほとんどダメージを食らわない!!


「撤退! 撤退!! 早く撤退よ!」


 彼女がパニックに陥っている間に、教官のサイコロによる攻撃判定は何度も行われた。

 敵の被害は拡大していった。さあ、地獄の始まりだよ、優等生。


 俺は手加減なんかしないぞ?


 ※


「さぁ、クリスタ大尉。一気に反撃だぞ!」

 俺たちは、湿地帯の勝利で一気に士気を上げる。

リーニャ大尉の主力軍は3000人以上の損害が発生している。およそ、10パーセントの戦力を失ったとみていい。大損害だ。


 とはいっても、まだまだ数的には不利だ。だから、専守防衛に専念する。

 向こうが迂回うかいして、首都を攻撃しようとしても各所に設けた守備陣地による猛烈な反撃が発生する。高い山、大河、湿地帯。地形は天然の要塞だ。


 地形を利用することで、防御陣地は簡易なものでもリターンは大きいものになる。

 さらに、クリスタ大尉の天才的な事務処理能力で必要な場所に必要な物資が届けられる。逆に敵は攻勢がくじかれて一気に士気が低下しているようだった。


「どうして……こっちが優勢だったはずなのに――進軍が完全に止まっちゃう……」

 これで作戦のフェーズ2は完遂した。


 フェーズ1は「うまく撤退し、敵を防御陣地まで誘導する」

 フェーズ2は「強固な防御陣地で敵に大損害を与える」


 ここまででも敵にとっては悪夢だろう。だが、まだ悪夢だ。ここからが地獄になる。


「くぅ、こうなったら全軍を一点に集結させて、強引にでも突破するしかない! アルテミス砦へ全軍を集結させて!」

 しかし、その命令が完遂することはなかった。教官の無情な言葉がリーニャ大尉を襲う。


「リーニャ大尉軍、物資不足により士気及び継戦能力低下。以後、問題が解決しない場合は自動的に能力が低下し、逃亡兵が発生する」


「なんで!?」

 いつもは丁寧な口調の彼女が声を荒げた。

 ようやく気が付いたな。


 俺たちが配置した山岳ゲリラに。

 これが毛沢東もくたくとう流の『遊撃戦論』の発展形だ。毛沢東といえば中華人民共和国の建国者である政治家と思う人も多いかもしれない。だが、俺は彼の本質は軍人だと思う。


 毛沢東が中国共産党を率いていた時、彼はふたつの巨大な国家と戦わなくてはいけなかった。日本と蒋介石が率いるもうひとつの中国・”中華民国”である。


 数的な劣勢を覆すために、彼はゲリラ戦に特化した。そして、その実地で学んだ戦略を記したのが著書『遊撃戦論』だ。これは現代でもゲリラ戦の理論的な基礎となっている本で、超大国アメリカがベトナム・アフガニスタンで辛酸しんさんをなめなくてはいけなくなったのも、このゲリラ戦を倒すことができなかったせいだ。


 そして、俺はその本を図書館で借りて読んでいた。主義主張は相いれないが、戦略論としては一級品なので読んでおいてよかった。

 ゲリラ戦と簡単に言っても、それを実践するには困難が伴う。

 俺が考えるゲリラの弱点は……


①貧弱な武装で、正規軍と正面からぶつかっても勝ち目が薄いこと

②柔軟な指揮が求められるせいで、どうしても現場指揮官の能力に影響されやすく、組織全体で動くことが難しくなること

③物資の補給が難しく鹵獲ろかくをおこなわなければいけないので、不確実性がたかいこと


 だから、俺は国境付近の山岳地帯に精鋭部隊を配置し、敵軍が自国奥深くまで侵攻した後に蜂起。

 物資を鹵獲可能で軽装の輸送部隊を中心に襲いゲリラ戦を展開していた。

 正面の華々しい戦いの裏で、少しずつ敵の輸送路をゲリラ部隊が潰していたんだ。輸送部隊護衛のために、前線から主力部隊が送られてきたら、すぐに山岳地帯に逃げ込んで、すきを見て再び輸送部隊を襲う。


これを繰り返すことで敵の補給線をずたずたにに引き裂いた。さらに、敵はこちらの防衛陣地に無茶な突撃を仕掛けた影響で物資がかなりすりつぶされている。補給線が崩壊した軍隊に残るのは崩壊だ。


「地獄へようこそ、リーニャ大尉?」


 ※


「リーニャ大尉軍の第1師団、逃亡兵発生。物資不足と合わせて30パーセント低下」

「攻撃側の第2師団と第4師団、物資をめぐり同士討ちが発生。両師団の戦力20パーセント低下」

「ゲリラ部隊、輸送隊を襲撃。判定、成功。攻撃側有効補給率25パーセント」


 教官の状況判断は、次々と動いている。しかし、リーニャ大尉はもう何もできなくなっていった。顔面蒼白となり、彼女は震えている。


 補給が届かずに、敵国の中心で孤立する。兵の統制は崩壊し、物資をめぐる同士討ちや逃亡兵が増え続けている。略奪すらおこなわれている。


「逃亡兵と略奪をおこなった兵士に厳罰を!! その場で軍事裁判ののち処刑しても構いません」

 崩壊しかける軍隊をおしとどめるために、恐怖による支配を選んだか。

 だが、それは終わりの始まりになる。


「守備兵力をアルテミス砦付近に集結させる。ここから反転攻勢を仕掛ける」

 恐怖によって何とか持ちこたえている軍隊などなにも怖くない。

 物資も不足しているため、抵抗もほとんどできないだろう。


 俺はアルテミス付近に1万5千の兵力を集結させて、リーニャ大尉軍と決戦を挑んだ。

 敵軍は、数こそ多かったが食料もままならない状況で組織だった抵抗は皆無だった。


 敵の大軍は数時間の戦いであっさり崩壊し、散り散りになって退却していった。しかし、撤退先の後方にはゲリラ部隊がいる。


 挟み撃ちだ。

 こうして敵軍は壊滅した。


 侵攻した時、5万人いたはずのリーニャ軍が無事に本国に戻るまでに1万2千人ほどに減っていた。

 7割を超える大損害だ。通常の軍隊なら役割分担の影響もあるので3割を失えば「全滅」扱いされる。軍隊は役割分担で作られているからな。3割も失えば組織は崩壊する。


 だが、今回はその2倍を超える兵士を失った。つまり、国家の安全保障自体が崩壊したことになる。これが現実なら戦史史上に残る歴史的な勝利だ。


「すごいです、クニカズ大尉。こんなにきれいに勝ってしまうなんて!! あなたは間違いなく天才です!!!」

 俺は最強の裏方の相棒を手に入れることができたな。今回の最大の収穫は、目の前で喜んでいるクリスタ大尉だ。


 ※


『すげぇ、士官学校主席のリーニャがなすすべもなく敗れ去ったぞ……』

『というか、えげつなさすぎるだろ。この展開……』

『なんだよ、あれが異世界の戦略かよ。どんだけ、体系化されているんだ。怖すぎる』

『言っちゃったなんだが、俺たちが教わってきた戦略なんて、子供のおもちゃみたいなもんだよな』

『リーニャ大尉が途中でかわいそうになったよ。あんなにうまく立ち回れたら勝てるわけがない』

『それにさ、あのクニカズ大尉は、周囲の才能まで開花させていたよな? 正直に言って、クリスタ大尉って特徴がないのが特徴だったのに……一瞬で輸送系の才能を見い出すなんて……』


―――

人物紹介


リーニャ大尉

知略:81

戦闘:45

魔力:79

政治:83

スキル:威圧・頭脳明晰・参謀


ヴォルフスブルク軍事大学の学生。実家は貴族の公爵家で、代々軍事部門の名門として知られる。

まだまだ、発展途上の能力値。

ゲーム内では、シナリオ1では未登場で、シナリオ2から登場する。

能力値は、かなり高水準。貴族出身ということで天性の政治センスも持つ。

学生時代から秀才と呼び名が高く、現場指揮よりも参謀として大将を補佐することに適性を持つ。最低限の指揮はできるが、頭でっかちになりやすいのが弱点。

女王とは親戚関係にあり、尊敬しつつもライバル心も持っている。ただし、周囲の評価は女王の方が高く本人も自分が彼女に及ばないことを自覚し苦しんでいる。

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