第56話 旅行者②
「……クスリをください」
私は、私の処女を奪い、私を薬漬けにし、私にパパ活という名の売春を斡旋する男子に懇願する。
どれだけ嫌な相手でも、私とクスリを結びつけてくれるのはこの男子しかいない。
初めてクスリを打たれた後、すぐにクスリを止めようとはした。
でも、できなかった。
クスリの快楽と、禁断症状は、自分の意思ではどうすることもできなかった。
体を売ってお金を稼ぎ、稼いだお金でクスリを買う。
焦点の合わない目で懇願する私に、男子はクスリを渡してくる。
ちゃんと受け取ることのできなかった私は、クスリを地面に落とす。
慌てて拾おうとする私に、男子はニヤニヤと笑う。
「おいおい、トリップ中かよ」
トリップ。
旅。
私の夢。
私はクスリを拾うと、さっき抱かれた汚いオヤジからもらった五万円を男子に渡す。
カバンに入れた注射器で、買ったばかりのクスリを、その場で打つ。
頭が冴えて来たような気がする。
私の人生は終わっていた。
夢のために頑張っていた勉強は全くしなくなった。
学校の成績は落ちるどころか、学校には全く行っていなかった。
家にすら帰らず、体を売った相手の家に泊まったり、クスリを打ってそのままトリップしたりしていた。
このまま廃人となるか。
警察に捕まるか。
どちらにしても変わらなかった。
私の人生にはもう先がない。
それならクスリの快楽に溺れていた方がマシだ。
私が望んだ旅ではないけど、クスリで死ぬまでトリップすればいい。
そんな時だった。
部屋が突然光り、私は、私を陥れた男子と共に真っ白な空間にいた。
頭がスッキリと晴れ渡る。
まるでクスリを経験する前のように。
その場には数十人の人間がいた。
そのほとんどが私のクラスメイトだ。
その場に中心には、女神のような女性がいた。
その女性は告げる。
「あなたたちは選ばれし者です。これから別の世界に転生いただき、そこで魔王と、魔王の手先の亜人たちを滅ぼしてください。そのための力は与えます。無事魔王と亜人を滅ぼせたなら、元の世界にも戻してあげますし、どんな願いも叶えてあげましょう」
女性の言葉は胡散臭かったが、私は歓喜した。
転生。
つまり私は人生をやり直せる。
生まれ変わった私は、娼婦の母の一人娘だった。
そして、女神のような女性から与えられた力は、『旅行者』。
一度行ったことのある場所なら、瞬時に移動できる能力。
クスリのトリップしか知らなかった私に与えられた皮肉な能力。
でも、そんなことは関係ない。
もはや、魔王のことなどどうでも良かった。
元の世界になんて絶対戻りたくないし、この力は私の願いそのものだった。
クスリ漬けの廃人への道から解放され、望む力を与えられた私。
母親からは早々に独り立ちし、『旅行者』の力で荷物運びをすることで、生活も安定していた。
このまま死ぬまで幸せに暮らそう。
……そう思っていた私の前に、再び悪魔が現れる。
「探したぞ」
転生して顔が変わっていても分かった。
元の世界で私の人生を壊した男。
でも、今の私は何もなかった無力なままの私じゃない。
女神のような女性に与えられた特別な力がある。
念じただけで、一度行ったことのあるところになら一瞬で移動できる力が。
私は、とりあえずの逃げ場として、生まれた家を思い浮かべて念じる。
……しかし、何も起こらない。
家がなくなったのだろうか?
今度は、ついさっきまで景色を眺めていた、美しい湖畔を思い浮かべる。
……今度も何も起こらない。
「逃げようとしても無駄だぞ。こいつの力で、魔法も、女神様の力も使えない」
男の隣にいる小太りの男が口を開く。
「ぼ、ボクの力で、このあたりにいる人は誰も魔力を使えない」
この力も女神のような女性に与えられたものだろう。
それならばと、私は走って逃げようと、彼らに背中を向ける。
しかし後ろには、武器を持った数人の男たちが、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
私は、絶望に包まれながら後ろを振り返る。
同じくニヤニヤと笑う悪魔のような男子。
ゆっくりと近づいてくる男子に、私の体は何の反応もできない。
「安心しろ。こっちの世界では、女にも金にも困ってない。お前は俺が言う通りに、俺たちを運ぶだけでいい」
男はそう言いながら、私の胸を慣れた手つきで触る。
「まあ、お前が抱いて欲しいなら抱いてやるし、クスリが恋しいなら、元の世界以上に効くクスリを与えてやってもいいけどな」
私は、怯える感情を抑え、私の胸を触る男の手を、そっと払いのける。
「……言うことは聞きます。その代わり、私には何もしないでください」
私の言葉を聞いた男はニヤッと笑う。
「交渉成立だ。その代わり、逃げようとしたら、元の世界以上に酷い目に合わせてやるから覚悟しておけ」
……そして私は、二度目の地獄に落ちた。
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