第29話 エルフの姫と鬼③
翌朝、この日も食事には顔を出さず、自分の部屋へ食事を運んでもらった私。
朝食を花と談笑しながら食べた後、今後について認識合わせをする。
「まずは長老に話をして、神国と戦う決意をしてもらう。その後、信頼できる精兵たちとも話をして、長老と一緒に戦ってもらう。その隙に花が暴れて敵の予備兵力の目を引く。その時、主力が動く可能性もある。私の耳は、敵の動きを逃さない。私はどこへでも動ける用意をして、敵の主力が動いたら長老たちか花と一緒に、動かなかったら一人で、敵の主力を叩く」
私の言葉に花は頷く。
「この作戦は、どんな力を使うかも分からない敵の主力にフローラが勝つのが前提の戦い。敵は少なくとも長老には勝てるだけの戦力を用意している。フローラの力はバレていないってことでいい?」
フローラは頷く。
「私のことは、対外的には多少戦えるだけのおてんば姫ってことになってる。父と長老と護衛の幼馴染二人しか私の本当の力は知らない」
私の言葉に花の顔が険しくなる。
「フローラのお父様が敵に漏らしている可能性は?」
花の言葉に私は首を横に振る。
「ないよ。洗脳された今のプライドの塊みたいな父が、自分より娘が上だなんてこと、絶対に認めないし話さない」
そう言って唇を噛み締めた私を、花が優しく抱きしめてくれる。
「尊敬してたお父様がそんな風になってしまったら悲しいよね。誰よりも自分のお父様を尊敬してた私だから、少しはフローラの気持ちを分かってあげられると思う。でも、無理しなくてもいいんだよ。フローラの国を守りたいって気持ちは分かったから、フローラが戦わなくても私が戦うから」
私は花の腕の中で首を横に振った。
「ううん。大丈夫。私、戦うって決めたから」
私は花から離れる。
「それじゃあまずは長老に話に行こう!」
城を出た私と花は、長老の家へ向かう。
「長老。話がある」
突然訪れた私たちを、長老はまるで待っていたかのように迎え入れてくれた。
「分かっておる。入るが良い」
長老は私ではなく花の方を向く。
「紅眼の魔族のお嬢さんと、細身の剣士は去ったのか?」
長老の言葉に花は暮しそうに頷く。
「すまない。私の勝手な行動で二人は去った。この国のことを思えば、私なんかよりあの二人の方がよっぽど力になれると思うが」
長老は首を横に振る。
「いや。全く関係のない儂らのために力を貸してもらえるだけで、感謝しかない」
そう言って頭を下げる長老。
そんな長老を見て慌てる花。
「頭など下げないでくれ。私にも打算がないわけではない。この国を救った後は、貴女にもフローラにも、神国と戦うのに手を貸してもらいたいと思っている」
花の言葉に長老は頷く。
「もちろんじゃ。儂らの国を荒らした借りは返してやらねばならぬ」
そう言って厳しい顔をする長老。
幼女の姿をしながらも、真剣な時の長老からは、年相応の威圧感を感じる。
「それにしても、名前呼びと、その魔力を見るに、姫との関係が相当親密になったようじゃな。儂は女色であろうと何も思いはせぬが、頭の硬いエルフの中には嫌悪感を示す者がおるかも知れぬ。国が安定するまでは秘め事は秘めたままにするように」
長老の言葉に私と花は揃って反論する。
「花とはそんな関係じゃない! この歳でこれだけ洗練された動きをする花のことはすごいと思うし、その考え方や自分への厳しさには、尊敬しかないけど、恋愛の関係とかそんなんを求めてるじゃない!」
「フローラとは何もない! 魔力も多くてすごいと思うし、同性でもうっとりするくらい美しいと思う。だが、フローラはあくまで共に戦う仲間であって邪な感情の対象ではない!」
そんな私たちを、長老は生暖かい目で見る。
「よいよい。儂はお主らのこと、応援するぞ」
私は、長老の様子を見て説明するのを諦める。
二千年の時を生きた長老を、言葉でやり込められるとは思っていない。
ふーっとため息をついて切り替える。
「それより長老。敵を倒す作戦を聞いて欲しい」
私の言葉に、長老は真面目な表情になってゆっくりと頷く。
「まずは長老と信頼できるエルフの精兵たちに神国へ反旗を翻してもらう。それと合わせて、花が暴れる。二手に戦力を分けて敵の守りが手薄になったところで、妾が敵の主力を叩く。敵の主力が動かなければ単独で。敵の主力が長老たちか花のところへ向かえば、ともにこれを叩く。花と妾の存在は敵にとって想定外であろうから」
私の言葉に、長老は首を横に振る。
「紅目の魔族と細身の女子がおったなら、その作戦でもまだ可能性はあったかも知れぬが、姫と鬼の娘だけでは、戦力的に心許ない。その程度で勝つ見込みがあるのなら、とっくの昔に仕掛けておる。今回失敗すればエルフに先はない。全てを賭けるには作戦がお粗末じゃ」
長老の言葉に私は反発する。
「本来自らの力のみで戦わなければなならないエルフに、花という戦力が手を貸してくれる。これ以上、援軍は望めない。それであれば例え勝ち目は薄くとも、現有の戦力で戦うしかないではないか」
私の言葉に長老は頷く。
「誰も戦うことを否定してはおらぬ。ただ、どうせ戦うなら勝ちの可能性のある戦いをしたいと言っておる」
私は感情を落ち着かせて長老へ尋ねる。
「長老には考えがあるのか?」
私の問いに長老は頷く。
「ある。だが、勝っても負けてもお主は一生消えぬ傷を負うことになる。その覚悟があるか?」
長老の刺すような視線に私は間を置かず答える。
「もちろん。国のため、民のためならどんな覚悟でもある」
私の言葉に長老は頷く。
「儂の考えでは、神国へ対抗するには一部の精兵のみでは無理じゃ。称号なる力を使える敵の主力も、姫一人では倒せぬじゃろうから、儂と姫、それに鬼の娘で抑えることを前提とする。その上でこの国へ入り込んだ神国の兵と、敵に洗脳された一割から二割のダークエルフを駆逐せねばならぬ」
敵の犠牲になっただけの、本来守るべき存在であったはずのダークエルフの駆逐。
それは大きな覚悟のいることだ。
その覚悟を決めようとした私へ、長老はさらに言葉を続ける。
「それには、エルフ全体が団結する必要がある。そのために、お主の父を殺し、お主が王になれ。お主の父が自らの欲のためにこの国を神国に売ったことを示し、ダークエルフたちももはや同胞ではないことを示せ。そして、神国がこの国を食い物にしようとしていることを明らかににせよ。その上で。この国の王として。この国を守るために。民たちへかつての同朋を殺すよう命令せよ」
父を殺す。
思いもしなかった長老の提案。
私はすぐに覚悟を決められない。
「その役目、私が代わりに果たそう。父親殺しを娘が行うのはあまりに酷だ。私が王を殺し、その方が、フローラもその後戦いやすいだろう」
私を思いやる花の言葉を聞いて、私は覚悟を決める。
「感謝する、花。でもこれは妾がやらなければならぬことだ。この国の王族の一人として、国を乱す王を糾せなかった責任は、妾が果たさねばならぬ」
私の言葉に、花が戦士ではなく友としての目をして私に声をかける。
「……一生苦しむよ」
私も、一人の少女として花は答える。
「覚悟の上だよ」
それを聞いた花は優しく微笑む。
「それなら私も一緒に背負おう」
そんな私たちのやりとりを見て長老が頷く。
「お主にその覚悟があるのなら共に戦おう。お主が覚悟を決めてくれたからこそ、この作戦が取れる。そうでなければ、儂一人で玉砕するつもりじゃった。儂の死で皆が国の危機に気付いてくれることを祈りながら」
そう言って長老は微笑む。
「信頼できる兵の選出と、根回しは儂に任せておくがよい。お主が父親を殺すことのできる日が作戦の決行日じゃ」
長老の言葉に私は頷く。
「それなら明日にでも。神国の豚から妾への縁談の話がある。その件について話をしたいと言えば父と二人で会うことは可能だろう」
私の言葉に、長老が心配そうな顔を向ける。
「気持ちの整理の時間は大丈夫か?」
長老の言葉に、私は頷く。
「一晩あれば大丈夫。何より、妾が時をかければかけるほど、神国の毒牙にかかるエルフが増えてしまう」
私の言葉に、今度は長老が頷いた。
「お主の覚悟に感謝する。お主の言う通りだ。ならば、儂もすぐに戦力を整えよう」
その後、具体的なすり合わせをして、私と花は長老の家を出る。
花は無言だった。
無言のまま、私の手を握ってくれた。
父を殺すことになる私の気持ちを察してくれたのだろう。
国のため。
民のために父を殺す。
覚悟は決めた。
後悔はしない。
それでも、温かい友の手に、私は心の中で感謝する。
出会ってからの時間は短いが、花は信頼できるし、頼りになる。
花がいてくれてよかった。
そう思いながら、私たちは城への道をゆっくりと歩いた。
……この時の私たちは、援軍などなくとも、私たちだけで勝ち目があると、そう思っていた。
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