全ての欲深き転生者に終焉を
ふみくん
序章
第1話 鬼神①
かつて、一千年不敗を誇る魔王がいた。
そして、その最強の魔王を倒した勇者が現れた。
魔王を倒した勇者は、それまで敵対していた魔族と人間、さらには獣人やその他の種族を統一し、多くの人々が安心して暮らせる王国を築いた。
二千年平和が続く偉大な王国。
私が暮らすのは、その王国の東の端に位置する村だ。
魔王が支配していた二千年前、王国の東一帯は、魔王の配下の強大な魔族が統治していた。
この地域には、勇者の建国した王国に属して二千年経った今でも、魔王の配下の魔族が、己の好みで築き上げた特殊な文化が根付いている。
王国の主流である小麦ではなく米を主食とし、和服と呼ばれる特殊な服を着るのが、その特殊な文化の特徴の一つだ。
そんな地域で暮らす私は、『鬼』と呼ばれる種族である。
屈強な体に高い身体能力。
そして、鬼の間では闘気と呼ばれる膨大な魔力。
それらを兼ね揃えた種族が鬼だ。
ただ、魔法はほとんど使えず、肉体を用いた戦闘に特化している種族でもあった。
前置きが長くなったが、私はそんな鬼の長を務めている。
鬼の長は代々鬼神と呼ばれ、他種族からの畏怖と、鬼からの尊敬を集める存在だ。
昔は私自身の名前もあったが、長になってからは、その名前を呼ぶ者はいない。なぜかは分からないが、それが伝統だからだ。
若い頃、私は鬼神になりたくて仕方がなかった。誰よりも強く、誰よりも尊敬を集めている鬼神に。
鬼神は世襲制ではない。先代の鬼神が次の鬼神を指名する。指名と言っても、鬼神になるのは最も強い鬼だと決まっているようなものだった。
力のない鬼に従う者など、鬼の中にはいないからだ。
若い頃の私は過剰な自信を持っていた。
私はどの鬼よりも強かったからだ。それこそ、当時の鬼神よりも強かったと思っている。戦えば誰にも負けない自信があった。
鬼の世界は強さが全てだ。
出世にも、異性の興味を引くのにも、強さが重要だ。
容姿は気にしないのか?
少なくとも私の場合はほとんど気にしなかった。
なぜなら、鬼は例外なく容姿端麗だからだ。
当然多少の違いはあるが、気にするほどではない。
ほとんど優劣がつけられない容姿よりも、明確に差が出る強さのほうを比べるのは、鬼にとって当然のことだった。
強さが求められるのは男の鬼だけではない。強い子孫を残すために、女性の鬼にも強さが求められていた。だから、一般的に鬼の中でいい女とは強い女のことを指す。
私は小さい頃から腕力には自信があった。
力比べをすれば、誰にも負けたことはなかった。十代も半ばに差し掛かるころには、大人でも私に敵う者はいなかった。
もちろん生まれ持った腕力だけに頼ったわけではない。血のにじむような努力もした。
いくら腕力が強くとも、それだけで喧嘩が強くなるわけではないからだ。
基本的な体力を鍛えるのはもちろんのこと、体術に剣術、そして鬼の最も得意な武器である金棒の扱いについても誰よりも鍛錬した。
そんな私は瞬く間に、鬼の社会で二番目に強い存在となった。前述のとおり、戦えば鬼神にも勝てるとは思っていたが、直接戦っていない以上、絶対勝てるとまでは言い切れないので、とりあえずは二番手に甘んじていた。
各地に散らばる鬼は、偉大な王国が興るよりはるか昔に魔族の主流派と争ったせいで、大昔に比べれば数が減っているらしいが、それでも何千人もの数はいる。
その中で二番だ。
周囲の鬼たちも、自分自身ですら、次の鬼神は私に違いないと思っていた。
当然異性からの人気もあった。私が声をかけてついてこない鬼の女性はいなかった。村の中で若くて強いと噂の女性とは、ほぼ全て関係を持っていた。
異性だけではない。男の鬼も誰も私には逆らわなかった。すれ違って頭を下げてこない鬼はいなかった。
強さが全ての社会。
数えきれないほどの数がいる人間の社会に比べれば狭い社会だ。
それでも私にとってはこれ以上ない社会だった。
まさに人生を謳歌していた。
「今晩、相手をしてやる。ついて来い」
その日もいつものように、一晩の相手をさせるため、それなりに名の知れた強い鬼の女性に声をかけ、誘おうとした時だった。
「相手をする必要はない。早々に立ち去りなさい」
私の後ろから、初老の男の声がした。
声がするまで気配を感じなかった。
だが、声が発せられた瞬間から、強烈な存在感が解き放たれていた。殺気のような鋭いものではない。それでも怯んでしまいそうになる、凄まじい気配だった。
振り返らずとも声の持ち主が分かる、鬼の社会で最も有名で、最も尊敬を集めている人物の声と気配だった。この人物の言うことに逆らえる鬼はいない。
私が誘おうとしていた女性は、恥ずかしさに顔を赤くして頭を下げると、小走りにその場を離れていった。
女性の後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、私は後ろを振り返る。
「いくら鬼神様でも、若者が女性を口説く権利を奪うのは横暴ではないですか?」
振り返った私の眼の前にいたのは、とても初老とは思えない引き締まった体をした鬼の姿だった。
白髪の間から二本の角を生やした、身長二メートル程の、男の鬼としては標準的な背の高さの男性。右手に握る金棒は、代々鬼神だけが持つことを許される、伝説的な代物だ。
鋭い目で私を睨んだまま、鬼神は答える。
「お前が本気なら、私も止めはしない」
私は肩をすくめた。
「本気になれる相手がいないか探しているところなんです。その為には、いろいろな女性と知り合わないと」
鬼神は私を睨んだ。
普通の鬼なら、そのひと睨みだけで震えあがってしまうだろう。
鬼神は強さ自慢の鬼の中でも、最強の鬼だ。普通の鬼なら束になっても敵わない。
だが、私はそんな鬼神相手にも負けるつもりはなかった。
鬼神にも負けない鋭さで睨み返す。
「……何か問題でも?」
失礼なのは承知の上だ。鬼神の逆鱗に触れる可能性もある。だが、それこそ私の狙いだった。
私から喧嘩を仕掛けるのは不敬に当たるが、鬼神のほうから仕掛けられるのであれば、やむを得ない。そこで戦って、私は自分の強さを証明するつもりだった。
しかし、私の狙いは外れた。
私の言葉を受けた鬼神は一転して寂しそうな目をした。
その変化に、私は戸惑う。
「お前はおそらく私より強い。もし仮に今はまだ私の方が強かったとしても、数年後には間違いなくお前の方が強くなるだろう」
鬼神の発言に私は驚いた。
鬼神になるのは一番強い鬼だ。
現在最強である、今の鬼神より強い鬼。
つまり、先ほどの鬼神の発言は、少なくとも数年後には私が鬼神になるということだ。
鬼神からはよく思われていないと思っていたから、この発言は私にとっては大きな意味を持つ。
鬼神になれるというのなら多少気に食わないことをされたからといっても、我慢できる。しばらく女を我慢しろと言われても耐えられる。
しかし、次の発言でその気持ちは吹き飛んだ。
「だが……」
鬼神は言葉を止める。
そしてもう一度私を睨む。
「今のお前に鬼神の座を譲ることはない」
「何だと!?」
鬼神の言葉に、私は思わず声をあげた。
鬼の世界で鬼神の存在は絶対だ。
鬼神の言葉は、鬼の世界のどんな法より優先される。そんな鬼神の言葉に異を唱えることなど、許されない。
だが、それでも言葉を発せずにはいられなかった。
私は深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。
完全には落ち着かなかったが、幾分マシにはなった。
「……失礼しました。理由は何でしょうか?」
敵意を拭い去ることはできなかったが、なんとか敬語で言い直す。
鬼神はため息をつく。
そして哀れなものを見るような目で私を見た。
「理由が分からないことが理由だ。その理由が分からない限り、私が次の鬼神にお前を指名することはない」
鬼神はそれだけ言い残すと、その場を去った。
ただ一人残された私は愕然とした。
鬼神の言葉は絶対だ。反論の余地はない。
私は分からなかった。
鬼神に必要なものは強さのはずだ。先代の鬼神も、先々代の鬼神も、過去の歴史上の鬼神は、鬼の中で最も強い者がなってきたはずだ。今の鬼神も、私を除けば最も強い。
私の人生計画の中で、私が鬼神になることは既定路線だった。それ以外の人生はない。その計画が根底から覆ることになる。
強くなるために。
強くなって鬼神になるために。
他の誰よりも努力してきた。
酒を飲んだ日も。
女を抱いた夜も。
体を鍛えることは絶対に怠らなかった。
そこまでして手にした強さが、無意味なものとなる。先ほどの鬼神の言葉は、私にとっては人生の終了を宣告されたに等しいものだった。
私はその日、足元がふらつくほど酒を飲んだ。
酒でも飲まなければやっていられなかった。
酒を飲んだ後は、女の鬼の家へ行った。
女の中では、このあたりで一番強い強いと評判の鬼だ。
何度か抱いたことのある、お気に入りの女の一人だった。
「脱げ」
部屋に入るなり、私は命令した。
「どうしたの? そんなに酔うなんて珍しいね」
しゃべりかける女を無理やり押し倒すと、私は勢いのまま犯した。
女は強い鬼に限る。
…どんなに乱暴に扱っても壊れない。
女はされるがままに犯された。
…ただ、いくら精を発散しても気持ちは晴れなかった。
犯すだけ犯した後、私は別れも告げず、女の家を後にした。
女は疲れ切り、ピクリとも動かなかった。
その夜私は、物心ついて以来、初めて、体を鍛えるために自分に課した日課を怠った。
その日以来私は、酒を飲んでは女の家を渡り歩く生活を始めた。
だが、気持ちはますますささくれ立つだけだった。大量の酒も、強いと評判の女も、私を癒してはくれなかった。
鬼神になることだけを目的にしてきた私は、この先何をすればいいか分からなかった。何の解決にもならないと分かっていながらも、酒と女に縋るしかなかった。
強くなりさえすれば鬼神になれる。そう信じて体を鍛えてばかりきた私には、強さを否定されると何も残らなかった。
強さ以外に何か必要なものがあるというのか。この、強さが全ての鬼の世界で。
その日も浴びるほど酒を飲んだ私は、今晩の相手をする女を探していた。
だが、なかなか見つからなかった。
欲望のまま、動けなくなるまで女を抱く私の噂は、私の住む鬼の村中に広まっていた。
…私が鬼神になれないという噂と合わせて。
鬼神になるかもしれないということで私に従っていた鬼たちも、私から離れていった。
それでも何人かの女はまだ残っていた。
ただ、連日私に抱かれ、疲れ切っているのは知っている。わずかに残った理性で、その女たちを休ませるべく、他の女を探そうとしていた。この際、多少弱い女でも構わないと思っていたが、それでも見つからなかった。
しかし、欲望には勝てない。抱かれる女には悪いが、女でも抱かなければ、私は理性が保てなくなる。
仕方なく、三日前に抱いた女の家へ向かおうとした時だった。
見慣れない若い女が歩いてくるのが目に入った。それほど大きくない村だ。若い女の顔は全て分かる。歩いてくる女は村の者ではなさそうだ。
女は私の方へ、一人真っ直ぐにこちらへ向かって歩いてくる。
浴衣を着て歩くその姿はどこか艶めかしかった。
人間の街と比べて薄暗い鬼の村の夜では、近づくまで顔がよく見えない。
女は私の前まで歩いて来て立ち止まった。
鬼だから当然美しいのだが、その中では際立って美しいわけではない。だが、何か人を惹きつける魅力を持った女だった。
金色の瞳に金色の髪。
暗い中でもわかる真っ白な肌。
鬼にしては細すぎるすらっとした体。
私は気付かれないように唾を飲み込んだ。
その女が強くないのは見た瞬間から分かっていた。
ある程度の強者は闘気を抑えていても見なだけで分かる。まとっている空気が違うからだ。
女を選ぶ基準が強さだけの私にとって、なぜこの女に魅力を感じるのか分からなかった。
「すみません。一晩泊めていただけるような宿をどこかご存知ではないでしょうか」
私は考えた。
この女がある程度強い女だったら、間違いなく自分の家へ連れ帰って抱く。
だが、この女は強くない。それどころか非常に弱い部類だろう。私が欲望のまま犯すと壊れてしまうかもしれない。
今晩の相手をさせるには、いい相手とは言えない。
いくら理性を失いかけている私でも、それくらいの判断はできる。
この女をどうするか迷った。
鬼の村には、この時間から見ず知らずの女を泊めるような宿はない。いるとすれば私のように夜の相手を求める馬鹿な男くらいだ。
不思議な魅力を持つこの女を別の男の餌食にはしたくなかった。
普段なら、自分の好みの外にいるこの女がどうなろうと知ったことではない。
だが、今日はなぜか、この女をそのまま帰したくはなかった。
「今から泊まれる宿はこの村にはない」
私の返事に女は寂しそうな笑顔を作った。
「…そうですよね。どこかで野宿でもします。ありがとうございました」
頭を下げ、足早にこの場を去ろうとする女に対し、気付くと私は首を横に振っていた。
「いや。宿はないが、俺の家でよければ泊まってもいい」
女は驚いたような顔で私を見た。
「私なんかを泊めていただいてもいいんですか?」
「ああ」
私は頷いた。
夜の相手にはできないだろうが、話し相手くらいにはなる。
久しぶりに村の外の鬼の話を聞くのも気分転換として悪くないかもしれない。
女は輝くような笑顔を作り、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
私はなぜか自分が照れているのを感じた。
「礼はいい。ついて来い」
私は照れを隠すように女に背を向け、自分の家に向かって歩き出した。
女が私の少し後ろについて歩いてくるのを感じながら、私は自分の行動について考えた。
今晩の私はどこかおかしい。普段とらないような行動をなぜかとってしまう。
家に着くと、私は女を寝室に連れて行き、布団を敷いてやった。
私が一人で暮らす家には、布団は一組しかない。私は女に布団を与え、別室の板の間で寝るつもりだった。
「ここで寝ろ。俺は隣の部屋に行く」
女は不思議そうな顔をし、恐る恐るという声で私に向かって問いかけた。
「すみません。夜のお相手を差し上げなくてもよろしいのでしょうか?」
女からしてみると当然の疑問だろう。
男が、見ず知らずの若い女を家に連れ込むのに、それ以外の理由はない。
女も覚悟を決めていたのだろう。
「必要ない。明日、村の外の話でも聞かせてくれればそれでいい。見たところ疲れているようだから今日は寝ろ」
私はそれだけ言い残すと、部屋を後にした。
女が床に膝をつき、額を床に擦り付けるように頭を下げているのには気付かないふりをした。
その日の夜は頭が冴えて眠れなかった。
自分で自分の行動が分からなくなっていたからだ。
百歩譲って、好みではない女を連れ込んだところまでは、たまには違う女を抱きたくなったからだということで理由はつく。それではなぜ、その女に指一本触れさえせずに、一人、冷たい板の間で寝ているのだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
考えても分からないことは考えなければいい。
私は無理やり目を閉じ、久しぶりに女を抱かずに眠りについた。
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