27

「国王陛下、しばしお待ちを」

「どうした」


 セルジュを連れた兵達の足が、止まった。


「国王陛下は、私に借りがありますね」

「なんだ、突然。そう言われれば、そうとも言えるが……」

「ええ。何せろくな詮議もせずに私を『処刑』したのですから」

「……何が言いたい?」

「あの時の私への『借り』一つを、今お返し頂きたい」

「ほぅ……まさか、このセルジュまでも放免にせよと?」

「罪を軽くしてやるだけでいい。代わりに私は……いえ、私たちもまた、大きなものを救って見せます」


 そう言うと、アベルがレティシアの方を振り返った。『私たち』というのが、自分のことも含んでいるのだとわかった。


 アベルは、レティシアに向けて手を差し出した。レティシアは、迷いなくその手を取った。


 何をしようというのか、伝わった気がした。どうしてかはわからないけれど、その燃えるような瞳を見ただけで、すぅっと胸に染み入ってくるように、わかったのだ。


 手を取り合ったまま、レティシアとアベルは歩み寄った。枯れ落ちようとしている聖大樹のもとへ。


「俺が魔力を補う。お前は――いいな?」

「はい」


 それからは、アベルがレティシアの動きに合わせてくれた。繋いだままの左手と、右手を掲げ、そっと自らの魔力をそこに集める。掬い上げた水を少しずつ流すように、そっと魔力を聖大樹へと注ぎ込む。


『少しずつ、少しずつだ』


 あの日と同じで、アベルが横にいる。語りかけてくれているように、感じた。 


 少しずつ、だけどまだまだ。


 聖大樹の根元が、レティシアの魔力を受けてほのかに光り出す。魔力が生命力に変わり、あふれ出そうとしている。


 光は、やがて根元から漏れて周囲を包み込み、茎にまで進み、そして枝にまで登っていった。枝まで包み込んだ光の中から、何かが小さく動き出す。


 芽だ。

 

 正確には、枝から新たに生えた葉だ。


「あれは……!」


 それは、誰の声か、わからない。誰かがそう言った次の瞬間、また別の枝に葉が伸びてきた。別の枝にも、また別の枝にも。あちこちに、鮮やかな緑が芽吹いていく。葉はどんどん増えて、そして大きくなって、やがて幹を覆い隠すほどに広がった。


 鮮やかな、緑の天井が、時折西日を受け入れて、光の柱を作り出す。


「おお……おおぉ……聖大樹が……!」


 そこにあるのは、もはや廃墟にぽつんと佇む老いた枯れ木ではない。


 以前の、教会の象徴として存在したときと同じ。堂々たる立ち姿の、力のみなぎる青々とした大木だった。


「アベル様、やりました」

「ああ」


 レティシアとアベル、二人揃って振り返る。


 国王は、薄く微笑んで頷いた。


「わかった。聖大樹を甦らせた功績により、そなたの望みをきこう。このセルジュの罪の減免を許す」


 アベルの手に、ぎゅっと力がこもったのがわかった。諸手を挙げて喜びたい衝動を、どうしてかぐっと堪えているのだ。


(おおはしゃぎしてしまえばいいのに)


 そんな悪戯っぽいことを少し考えながら、レティシアは握られた手に、力を込め返した。

 

 すると、国王の後ろにいた群衆から、わっとさらに大きな声が上がった。なにやら聖大樹を指さして口々に何か叫んでいる。


「花が……!」

「え!?」


 再び、聖大樹を二人で仰ぎ見る。すると、確かに咲いていた。


 太陽の光のような金の花と、月の光のような銀の花が、若々しい緑の間を縫って、そこかしこに、至る所に、咲き乱れていた。


「アベル様、これって……!」


 以前、アベルから聞いた聖大樹の話とまったく同じことが起こっている。


『この地の真の主とも呼べる大樹の前で、ランドローと乙女は愛の誓いを立てた。すると、大樹が眩い光を放ち、花を咲かせたのだと言う。二人を明るく照らす太陽の如き金の花と、優しく包み込む月の如き銀の花をな』


 あの時アベルは、そう語っていた。


「アベル様、花が……咲きましたね」

「ああ」

「伝説の、金と銀の花……ですね」


 レティシアの呟きに、アベルは応えなかった。代わりに、さらに力が込められた。だけど不思議と、痛いという感覚はなかった。


 それ以上に、アベルの手は大きくて、温かくて、逞しくて、同時に柔らかくて……レティシアは、気付いたら自分ももっと強く握り返していた。


 その手の温度を、もっとずっと感じていたいと思いながら、星のように光る花たちを、二人並んでじっと見つめていた。

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