11
本当のところ、レティシアはずっと高をくくっていた。自分を可愛がり、聖女になるべき存在だと言い続けてくれた大司教が、リュシアンの話をのむわけがないと。アネットではなく、自分が聖女であることは揺らがないと、そう思っていた。
だが現実は、違った。
リュシアンの子供じみた主張ばかりが通り、幼い頃から聖女として王妃として厳しく教育されてきたレティシアの努力はすべて無かったことにされた。
見捨てられた、と思った。これまで関係を築いてきたすべての人に、用済みとみなされたのだと。
我知らず涙がにじみ出た。そんなレティシアの顔を、大司教は再び慈愛の籠もった瞳で見つめた。
「そんな顔をしないでおくれ。確かに私はアネットを慈しみ、聖女として敬愛もしている。そして同時に、君のことも我が子のように思って、そして紛うことなき聖女として崇めているとも」
「一つも理解できません。先ほどアネットは少し違うと仰いましたね。いったい何が違うのですか」
大司教は、先ほどレティシアの魔力の水をかけた鉢植えに視線を移した。種がいくつも落ちて、鉢植えいっぱいに芽が出ている。
「先ほど君が見せた奇跡……あれとまったく同じ事をやれと言われても、アネットにはできないのだよ」
「どうして……以前、彼女は聖大樹の花を咲かせました」
「そうだね。真っ白な花が咲き乱れた。だが、聖大樹の花は白ではない。そんな凡庸な花など咲きはしない。太陽の恵みを示す金の花、そして月の慈愛を示す銀の花を咲かせるのだよ」
それは、以前アベルから聞いた話と同じだった。バルニエ領にあった聖大樹も、聖女の婚儀に金の花と銀の花を咲かせたと、そう言っていた。
「そして、花が咲いた後に何が起こったか、君は知っているかね?」
「咲いた後? 何か特別なことでも……あ……」
思い当たることが、あった。一つだけ。
あの出来事の直後から囁かれ始め、そして誰の目にも明らかに起こっていた、大きな変化が。
「『恵み』が、枯れた……?」
「その通り」
「どうして、そんなことに……? だって聖女の力は、魔力は……」
「そう。神聖術は魔力を生命力に変える秘技。だがアネットは自身の魔力そのものが、ほぼないのだよ。だから本来なら神聖術など使えるはずがない。ここからがあの子の特異なところなんだがね……自身が生命力を作り出せないなら、どこかよそから移す……そういう方法もあるだろう」
「……まさか……!」
「君は、理解が早くて本当に助かる」
どうして、笑っているのか。レティシアにはわからない。大司教はまだ、笑っている。レティシアが難問を解けたことを喜んでくれた時と、同じように。
だけど言うまでも無く、話している状況は、比べるまでもない国民の危機だ。
「あの時、聖大樹の花を咲かせるために、近隣の『恵み』を吸い、すべて聖大樹に与えた……それが、アネットの力なのだよ」
その瞬間、すべてが繋がった。僅かに脳裏に残っていた謎、気がかり、全てが。
聖大樹が甦ったはずなのに、孤児院や近隣の畑がしおれていた理由、徐々に国中の畑から『恵み』が失われていった理由、アネットが孤児院で畑に『恵み』を与えてとせがまれて出来なかった理由。
そして、大司教がレティシアを手元に置こうと画策した理由も。
「アネットに華々しい表の顔をさせて、失われた『恵み』を私に補わせる……そういうことなのですか」
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