22

 アベルの顔が、怪訝なものに変わった。それは、覚えがないものへの不審というよりも、触れてほしくないものに触れられた痛みに近いように見えた。


「……何だ」

「お忘れですか? ヴィンセントです。以前、王宮で……大司教様のご命令でポムドテールの畑を作っておりましたヴィンセントです」

「……」


 暗い中だったが、アベルの顔が強ばったのがわかった。


「王宮で……会ったことが?」

「あ、ああ。以前、王宮に召し出されたことがあってな。まだ学院に在籍中の話だ。その時に、件の畑も見学させてもらった。あの時は、世話になったな」

「え? あ……はい」


 レティシアのやや曖昧な問いに、アベルはやや曖昧に返した。その答えで、ヴィンセントと名乗った男は、アベルの纏う焦りの空気を感じ取ったようだった。


「ポムドテールって……なんです?」


 その疑問は、村人の一人がぽつりと口にしたものだった。


「やだなぁ、皆さんがたっくさん食べてるじゃないですか。こいつですよ」


 アランがそう言って、懐からジャガイモを一つ取り出した。

 ヴィンセントが怯えて短い悲鳴を上げるのに対し、村人たちは感心したような声だった。


「元は東の大陸のものなんですがね、こちらに伝わってきた時の名が『ポムドテール』です」

「へぇ……じゃあ、もしかしてあの……王宮で人が倒れたっていうあの件にも……?」

「はい。丹精込めて作ったんですが、あんなことになっちまって……畑は潰され、元いた村で農夫に戻っていたんですが、今年は酷くてね……上手くいかなかっただけで投げ出すなんてと思われるかもしれませんが……」


 全員が、俯き加減でその話を聞いていた。身につまされる話だった。

 彼らは、ほんの少し前までの自分たちと同じだったのだ。バルニエ領の村人たちは貧しい暮らしに慣れていたが、ヴィンセントたちはそうではない。『恵み』が急激に枯渇していく衰退に耐えられなくてもおかしくはない。


 そう村人たちが思う中、より神妙な面持ちでその話を聞いていたレティシアがふいに顔を上げた。


「アベル様、提案があります」

「……なんだ?」


 アベルは、眉根を寄せながら聞き返した。警戒している顔だ。


「この人、雇いませんか?」

「は?」

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