20

「見たことねぇ顔だなぁ」


 捕らえた侵入者たちの顔を見るなり、農夫たちはそう言った。その家族たちも、アベルも、同様に首を傾げている。

 領主館から呼ばれてきたレオナールの他に、いつの間にか村人のほとんどが集まっていたが、皆一様に見覚えがないらしい。


「隣村の者かと思っていたが……違うらしいな」

「おや? あんたは……」


 そう、人垣の中から声がした。

 ランタンを手にしたアランと、その隣に立つジャンだった。



 ジャンはランタンで照らし出された顔をよく確認した。そしてハッと目を見開いていた。


「知っているの、兄さん?」

「ああ。確か……」


 何かを言いかけて、ジャンははたと周囲に目を向けた。そして急に口をつぐんでしまったかと思うと、何やらアベルと視線を交わしていた。


 そんなことをしているうち、侵入者の一人が、照らし出されたジャンの顔に目を留めた。


「あんた、もしかして行商人の…?」


 侵入者の方からそう言われてしまい、黙っているわけにもいかなくなったのだろうか。ジャンは村人たちに向き直った。


「皆、この人たちはとある村の農夫だ。王都近郊の村に住んでる」

「王都の!?」


 ジャンの言葉に、村人たちは驚きを隠せなかった。レティシアですら、信じられない思いだった。


 王都とバルニエ領は、早馬でも1週間ほどの距離だ。そんな場所からわざわざ野菜泥棒に来る者なんているはずがない。


 それに、問題は距離だけではない。


「王都の近くの村の人が、どうしてわざわざここまで? 自分の村にいた方が『恵み』だって豊富に受けられているでしょうに」

「……は? 俺たちが『恵み』を?」


 侵入者は、初めて口を開いた。レティシアの言葉が聞き捨てならないと言ったように、急に眉をつり上げた。


「馬鹿を言うな……俺たちが今、どんな思いで暮らしているか、知りもせずに……!」

「……どういうこと?」


 レティシアが答えを求めて村人たちを見回した。アベルもまた答えを求め、ジャンに答えるよう促した。


「今、王都近郊は『恵み』が枯渇し始めているんですよ」

「なんですって!?」

「……王都に近いほど『恵み』を享受できるはずだろう」

「そうなんですがねぇ……どういうわけか、ここ一ヶ月ほどで急速に廃れてるんですよ。それはどうやら、国中同じみたいでね。以前と同じどころか例年にはないほどの大豊作だなんていうのは、このバルニエ領くらいですよ」


 村人たちの間に動揺が走った。

 皆、自分たちが今年幸運に恵まれたと言うことはわかっていた。だがまさか、周囲の……いや自分たち以外の領地が尽く不運に恵まれてしまっていたとは、夢にも思っていなかったのだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る