19
影の大きさは人間と同じくらい。どうも四足歩行ではなさそうだ。そんな人影らしきものが一つではない……四つほど。荒らされていた畑とは違う、もう一つの畑に侵入し、何やらごそごそと物色している。
やはりただの人影ではなく、不審者だ。
そして、各々一つ手に取ったかと思うとむしゃむしゃと貪り食っていた。明日か明後日には収穫できるであろう大きさだ。
「ああ! せっかく大きく育ったのに……!」
「待て、静かにしろ」
飛び出そうとしたところを、アベルに止められる。だがそうしている間にも、不審者はまた次の実を食らい始めた。
あっという間に二つも三つも平らげると、今度は畑の中でもひときわ大きく育ったものを切り離し、持っていた袋に詰め込んだ。袋がパンパンになるまで詰めると、不審者たちは脱兎の如く駆け出した。
「あ、逃げちゃいます!」
「大丈夫だ」
アベルの言葉の意味を問い返すより先に、悲鳴が聞こえた。
見ると、人影の姿は消えていた。いや、違う。地面に転がっただけだった。先頭の者につられたのか、二人折り重なって倒れている。ほんの、一瞬の出来事だった。
「い、今何が……?」
「死んではいない」
いや生死について訊いているんじゃはなくて……と思ったが、そう言う間はなかった。
残る二人は、その様子に恐れをなしたのか、くるりと向きを変えた。柵を壊すか乗り越えるかするつもりなのか、散り散りに走り出す。
すると……パンッと大きな音がした。
「ひっ」
不審者が驚いてたたらを踏むと、また一つ、弾けるような音が響く。
「な、何だ!?」
不審者たちが柵に触れる度、あちこちで音が鳴る。どこから鳴っているのか、何が鳴っているのかわからない、そもそもそんなことが起こるなど予想だにしなかった彼らは恐怖を募らせる以外できなかった。
「……そろそろか」
アベルが呟き、静かに立ち上がる。
謎の音に翻弄される不審者たちのもとに歩み寄ると、今度はアベルがパチンと指を鳴らした。すると、畑を取り囲んでいた柵が、一斉にぱっと明るくなった。ランタンに使っていた灯りの魔石が点灯したのだ。
驚きと恐怖がいよいよ最高潮に達したらしい不審者たちは、悲鳴を上げながら、力が抜けたようにその場に倒れ込んでしまった。
「あの……本当に何なんですか、これは……?」
「ちょっと驚かすための仕掛けだ」
そう言うと、アベルは不審者が最初に倒れた柵の入り口をくぐった。『ちょっと』の定義が揺らぎそうな結果だが、レティシアはひとまずアベルに従った。
「そこを通っても平気なんですか?」
「ああ、ここはただの『入り口』だ。そして『出口』はあっち。お前が帰った後に仕掛けたんだ」
アベルは指した先には、柵にもう一つ出入り口が設けられているのが見えた。真っ暗な中、かろうじて見える程度で、目に付きにくい。おまけにアベルの立つ『入り口』は魔力のためかほんのり明るく見えやすい。何も知らなければ、そのまま『入り口』から出ていこうとするだろう。
「この『入り口』から入ったら、あっちの『出口』から出なければならない。そういう仕掛けだ。魔力を使って、そうのように仕組んだ」
「……その通りにしなかったら?」
「見ての通りだ」
納得せざるをえない状況だった。『入り口』から出るように仕向けているくせに……と思わなくもない。
「かわいそうだけど……野菜泥棒の現行犯だから、自業自得としか言えないわね」
「この程度で済ませたんだ。感謝してほしいくらいだな。さて、こいつは俺が縛っておくから、お前はこの家の者を呼んできてくれるか。家の中にいるよう言っておいた」
「わかりました」
レティシアは用意していたランタンを手に、駆け出した。ちらりと、地面で伸びている不審者たちの姿が視界に入る。
(普通は、あんなことが出来るなんて想像もつかないわよね……)
突然気絶させられたり、大きな音が鳴ったり、光ったり……さぞや驚いただろうとレティシアは思った。
その点についてだけは、同情を禁じ得ないのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます