第3章 泥まみれの宝

1

 ルクレール王国北の辺境の領地・バルニエ。


 建国より騎士・ランドローの一族によって治められてきた、農村とその一帯ほどの小さな領地。

 王都から離れており、教会の支援もないこの地では『恵み』が行き届かない。そのため作物も育たず、めぼしい資源もない、不毛の地と呼ばれていた。農業、酪農、工業、所業、どれをとっても一冬を越すことに苦労するような逼迫ぶりだった。ほんの少し前までは。


 だが今は、そんな日々が嘘のようだった。


 土は潤い、畑は緑に覆われ、どこを見ても鮮やかに色づいている。

 そこで暮らす領民たちの顔も、以前は疲労と諦観ばかりが浮かんでいたが、ある時を境に変わった。


 ため息ばかりこぼれていた声も。


「よいしょー!!」


 力強く、ひときわ大きなかけ声が、青空に響き渡った。


 バルニエ領領主館の敷地内には、色鮮やかに咲き誇る花園がある。だがその敷地を一歩出ると、これまでと同じ風景……草木が枯れて荒れた土地が広がっている。


 そこに、今、村人たちが集まっていた。女たちが地面に落ちているものを拾い上げ、男たちが、協力して大きな岩や、木の根を取り除こうとしている。


 逞しく、息の合ったかけ声とともに、地面がメリメリと裂け、土に隠れていた太い根がぼこっと姿を見せた。


 それと共に、よく日に焼けた農夫たちが、土に埋まった切り株を引き抜いて地面にどどっと倒れこんでいる。


 その顔には、切り株のあまりの大きさと、達成感による精悍な笑みが溢れていた。


「あははは、でっかいのが抜けたなぁ」

「えらくしっかり根を張ってやがったんだな」

「アベル様、畑作りの障害になりそうなものは取り除けたかと思います」


 農夫たちと一緒に尻餅をついていたレオナールが、立ち上がりながらそう言った。同様に地面に倒れ込んでいたアベルも、土を払いながら答えた。


「ああ、そのようだな。そっちはどうだ?」

「ええ、こちらも取り除けたと思います。小さな障害物も、もう見当たりません」


 アベルからの問いかけに、レティシアが答えた。

 その周囲では、農夫の女房たちが揃って地面から顔を上げたところだった。手にした駕篭には、拾い集めていた小石や小枝が積み重なっていた。


 アベルが、集まっている村人たちを見回して頷いた。

 

「皆、ご苦労だった」

「なんのなんの。まだまだこれからですぜ」


 農夫たちは、ニカッと明るく笑って見せた。


「なんせこの領地は今まで『恵み』が足りなくて、畑がいくつもダメになっちまってたもんなぁ」

「『恵み』が領内に満ちたんだから畑を広げていこう、なんてアベル様が言うんなら手伝わねえわけにはいかねぇわな」

「芋の聖女……じゃなくてレティさんも手伝うってんだから、尚更だな!」


 レティシアが思わず睨んだのを見て、肩を竦めながらそう言い……どっと笑いが起こった。そんな様子を、アベルまでが微笑ましく見ていた。


「よし、この後は皆で耕していこうか。女衆もご苦労だったな。自分の仕事に戻ってくれて構わない」

「あいよ。何かあれば、呼んで下さいよ」


 そう言って、女房たちは村に戻っていった。農夫たちは残って、今度は工具を手にしている。


「さて、じゃあ私はどうしましょう……」


 それぞれが次の持ち場につく中、レティシアは次の自分の仕事は何か思案すると、身を翻して領主館の中に入っていった。

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