4

 再び、空気がざわついた。


 リュシアンに向いていた疑念の籠もる視線が、一気にレティシアに集中した。


「偽とは……酷い仰りようですね」

「本当のことだろう」


 こういう空気は敏感に察知するのか、リュシアンがニヤリと笑みを浮かべて語り出した。


「皆も知っての通り、聖女とは神々の恵みを人々にもたらす、いわば神の使者。初代の聖女は奇跡の力を以て戦争で傷ついた全ての人々を癒やした。2代目の聖女は国中に蔓延した疫病を消し去った。そして代々の聖女が最も多く見せた奇跡が……『恵み』。豊穣をもたらし、民を飢えから救った。先生、間違いありませんね?」


 リュシアンが傍に立っていた学長に視線を送ると、学長は焦ったように頷いた。


「は、はい、殿下。仰る通りです。聖女様は、すべての命をお守り下さる母の如き存在。そして、その……代々国王陛下の隣に立たれるもので……」


 学長の視線がちらりと、レティシアに向いた。リュシアンはそれすらも、笑い飛ばした。


「そう。概ね、代々聖女と王妃は同一人物が務める。レティシア、お前もそうなるべく教育を受けてきたな。俺の言葉を否定するなら、今ここで、この聖大樹にもう一度花を咲かせてみせろ」

「……はい?」


 皆の視線が、聖大樹に集まる。天井を覆い尽くさんばかりの大樹は、少しずつではあるがその葉を散らしていた。触れた幹は、驚くほど固く、そして渇いている。


 舞い落ちる葉によって、大聖堂の白い床は、まばらに黒く染められている。


「さあ、早くやってみせろ。”偽”ではない真の聖女ならば、出来るだろう」


(確かに、伝承では聖大樹を再び生い茂らせることが出来るのは聖女だけ、と言われているけど……この人は……!)


 先ほどまでと一転、レティシアはふっと拳を握りしめ、内心で歯がみしていた。

 だが今の状況では、レティシアがいくらリュシアンを睨みつけても、効果はなかった。


 聖女の交代を待つかのように朽ちていく聖大樹と次期聖女と言われてきたレティシア。その二つが揃って、注目されないはずがない。


 レティシアは深く息を吐きだし、そっと聖大樹の幹に向け両手をかざした。両手から溢れる魔力を、幹に流し込んだ。


 すると、目の前の大樹は息を吹き返したように瑞々しい色を取り戻した。項垂れていたような枝や葉がしゃんと太陽の方を向いた。その傍には、小さな白い蕾がふくらみつつある。


「おぉ……!」


 大聖堂のそこかしこで声が上がった。

 だが、その声はすぐにすぼんでいった。


 枝に着いた蕾が、開く間もなく枯れて、落ちてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る