15-2 その瞬間、砂川青年はぐっと口元に力を入れた。

 

 

 その瞬間、砂川青年はぐっと口元に力を入れた。直後、すぐにうつむいてその表情を隠してしまう。

 砂川青年が何を言おうとしたのか、何を堪えたのか、安藤にはわからない。

 けれど、その反応に安藤は、やはりここがこの事件の核心なのだと手ごたえを得た。

「あなたと被害者の間には、絶対的力関係があった。

 あなたは父親が生きている限り、被害者に逆らえない。やっと手に入れた他人に迷惑をかけずに暮らせる仕事、クビになるわけにはいかない。

 被害者はそれを盾に、あなたに性的な行為を強要したんだ」

 もう全部わかっていると、勘違いさせろ。

 もう全部見透かされていると、思わせろ。

「被害者は、スマホであなたに連絡を取り、呼び出し、あなたの体を弄んだ。何度も、何度も。

 スマホで、あなたの恥ずかしい姿を撮影したこともあった。

 時に、電話で指示して、三脚を使ってあなたにあなた自身の痴態を撮影するように命じた。

 そうやって離れている間に撮影したデータを楽しむために、連絡用のスマホを時折り交換していた。

 連絡用のスマホをあなたが用意したのは、9月の終わりだ。それから半年近く、あなたは金持ちの中年男のおもちゃにされ続けていたんだ」

 憶測と分かっている言葉を並べ立てる。砂川青年はうつむいて、黙ってその言葉を聞いている。

「父親が死んで、葬儀や後始末のために東京の神尾弁護士の所に身を寄せていたあんたは、東京から被害者に電話をかけて、長時間話し込んでる。

 やっと父親という足枷が死んで、あんたはもう金を必要としなくなった。あんたは被害者に、もう関係を終わりにしたいと電話で言った。仕事をやめたいと言ったかもしれない。

 けれど、被害者はそれを許さなかった。

 金に変わってあんたを縛ったのは、スマホの中の写真か? 動画か? 

 あんたは被害者の支配から逃れるために、被害者を殺さなければならなくなったんだ! そうだろう?!」

 これが真実だろうと踏んだシナリオを突き付けるが、砂川青年に動きはない。

 動じていない。

 ならば、もっと積極的にゆさぶるしかない。

 安藤は戦法を切り替えた。

「それとも、あんた、本当は嫌じゃなかったのか?」

 それが真実ではないと分かっている言葉を、安藤は砂川青年にぶつけた。

 感情を逆なでろ。この青年の心を動かせ。

 そして、何でもいい、言葉を引き出せ。

「被害者と、大人のおもちゃで一緒に楽しんでたってわけか? あんたと被害者の関係は、ただのホモの肉体関係で、あんたの動機は別れ話のもつれだったってわけか?」

 砂川青年の両の二の腕が、ぐっと内側に寄った。机の下で、両手を強く握っているのだ。

 今は整合性などどうでもいい。決めつけでいい。

 感情を揺さぶれ!

「G市に勤めてたとき、ゲイビの男優をやったことがあるってホモが教えてくれたよ。金や好奇心でゲイビに出ることになった全然男に興味のないノンケ男相手でも、上手くやればケツを気持ちよくさせることができるってな。

 最初は乗り気じゃなくても、掘られてるうちに気持ちよくなってくるんだって。そのうちに掘られながらちんこ勃たせて、勝手にイっちまうヤツもいるんだってよ。

 あんたもそのクチか?

 なあ、男にケツを掘られるってそんなにいいのか?! あんたも、男にちんこ突っ込まれて、女みたいにあんあん喘いでたのか?」

 わざと選んだどぎつい言葉を並べ立てた末に、安藤はひときわ大きな声であざけるように言い放った。

「男なのに、情けねえな!」

「違う……」

 砂川青年がうつむいたまま小声でつぶやいたが、安藤は聞こえないふりをした。

 もっとゆさぶれ! 黙っていられないほどに!

「ケツの快感ってのはスゲエいいんだってな? そんで、一度その快感を覚えたら、病み付きになって止められないんだってな? 最初は掘られるのなんか嫌だって言ってた男も、気持ちよくなっちまえば自分から腰振るようになっちまうんだってな?

 あんたも、中年のおっさんのちんこをケツの穴に咥え込んで、喜んで尻振ってたんだろ!」

 がしゃんとパイプ椅子が鳴った。

 腰縄が結び付けられているために立ち上がれなかった砂川青年は、苛立ちをぶつけるように両掌で机を叩き、怒鳴るように言った。

「私はそんなことはしていない!」

「嘘だ!」

 安藤は対抗するように大声で怒鳴り返した。

「あんたは喜んで、理事長のちんこにケツでご奉仕してたんだ!」

「そんなことはしていない! しようがないっ!」

 きた、と安藤は思った。

 だが……

「理事長はふ……」

 机を叩いた自身の手を見下ろしながらそこまで言いかけて、砂川青年は言葉を止めた。

 クソっ、あとひとこと、「不能」のひとことを言ってくれていれば、突破口になったのに!

 安藤は胸の内で毒づいた。

 被害者は、離婚した元妻に大金を与え続けてもそれを隠し続けようとしていた。そんな重要な秘密を知っているということは、被害者との間に特別な関係があったことの傍証になりえた。さらにゆさぶりをかける手がかりになったのだ。

 その隙を与えてくれなかっただけではない、ここでその言葉を口にすることを思いとどまったということは、冷静さを取り戻そうとしているということだ。

 それはまずい。

 ここで冷静になられたら、以降をあっさりと黙秘されて終わってしまう。

「森綾香」

 被疑者が冷静さを取り戻す前にと、安藤は次のカードを切った。

 ぱっと砂川青年が顔を上げ、安藤を見た。その目が大きく見開かれている。

「可愛い子だよな? まだあんたのことを好きなようだったぞ。可哀想に、人を殺して捕まったってニュースを聞いても思い切れないくらい好きな相手が、とっくに別のやつに、しかも男に心を移して、よろしくやってたなんてな!」

 

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