3-3 警務課に被疑者の身柄を引き継いで富田と刑事捜査課のオフィスに戻れば、現場捜査をしていたほとんどの強行犯係員がもう帰ってきていた。
警務課に被疑者の身柄を引き継いで富田と刑事捜査課のオフィスに戻れば、現場捜査をしていたほとんどの強行犯係員がもう帰ってきていた。それぞれのデスクでPCに向かっている。
初動の現場捜査で得た情報を、報告書にまとめているのだ。
刑事の仕事におけるデスクワークの割合は、一般人がイメージするよりはるかに高い。ドラマなどでは現場に出て聞き込みなどをしているシーンや取り調べのシーンばかりだが、実際にはそうやって得た情報は全て、決まった形式の報告書にまとめなければならないのだ。
「安藤係長」
現場を任せた向島が、安藤に気が付いて顔を上げた。
「報告書、上がった端からチェックして係共有フォルダに入れてます。確認お願いします」
「おう」
安藤はそう返事をしてから、オフィスを見渡した。
強行犯係の面々は、どこか浮ついた空気で仕事をしていた。
この雰囲気は覚えがある。県警本部の刑事部捜査課で、初めて配属された刑事が大きな事件の現場に臨場したときに、こんな感じになるのだ。
実際、この4月に強行犯係に来たばかりの高木など、妙に嬉しそうに見えた。
T市は平和な田舎だ。平成の大合併で近隣の町村と合併して面積は広大になったが、田舎にさらにド田舎がくっついたようなもので、人口も少なく、人々ものんびりしており、いさかいも少ない。殺人事件などめったに起きない。
田舎なだけに勤務希望者が少なく、結果的に安藤のような地元出身の警察官が配属されることが多いこのT警察署の刑事捜査課では、殺人事件の捜査自体が初めてだという刑事が多いのだろう。
ひとつ、引き締めておくか。
安藤は、自分のデスクに向かう前に「みんな」と声を上げた。強行犯係の面々が一斉に顔を上げてこちらを見る。
「この事件は、県警本部から『所轄で処理してくれ』と言われている。あちらは、このあいだ長良川で上がった身元不明の他殺体の捜査でてんやわんやで、こっちに人を送る余裕がないそうだ。『犯人も凶器もわかってるんだから、裏付け捜査くらい所轄でやれ』、というのが本部の意向だ。
実際、被疑者が自首してきて、物的証拠も揃っている。わかりやすい事件に思えるかもしれない」
けれど、と張りのある声で安藤は続けた。
「けれど、被疑者は動機を黙秘している。被疑者が供述する被疑者の現状も、被害者との関係も、とても殺人事件に到るようなものじゃない。……向島、この意味、わかるか?」
「被疑者が主犯ではない可能性があるってことですか?」
「それだ」
安藤は頷いた。
「俺たちがここで手を抜いて、主犯を取り逃がすなんてことは、万に一つも許されない。
T市で年に1件、あるかないかの殺人事件でそんないい加減な捜査してみろ、俺たちはいい笑いもんだぞ!」
係員の表情が引き締まる。
「調べ上げてみたら肩すかしのような動機が出て来るかもしれない。それでも、それを確かめるのが俺たちの仕事だ。
聞き込みで得た情報は、どんな小さなことでもいい、すべて報告書にしろ。情報を共有しろ。
今日の被疑者の動き、被害者の動き。目撃者を捜して、証言と物証で、事件の起きた今日の二人の行動を浮かび上がらせろ。
人間関係を徹底的に洗え。被疑者と被害者を繋ぐ、雇用関係以外の繋がりを見つけろ。
この事件の全部を調べ上げて、ここへ持ってこい! いいな?!」
はい、と揃った部下たちの返事が、オフィスの空気を揺らした。
4へ続く
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