第23話 ヘビ女VSサトリ家シックス

 太陽が三つピカピカ笑顔の日。


 四つ子育児に疲れ果てて、一階のクリニックで入院しているディアブロさんが目を覚ましたと聞いて、会いに行く。


「トリィ様、大変ご迷惑をおかけしました」


「顔色が良くなって何よりです」


 ぼくの回復魔法は、植物の力を借りて治癒能力を爆発的に増やすものなので、体が衰弱している場合は効かない。

 過労は地道に休むしか無いのだ。


「それでうちの子たちは、どちらに」


「お城の三階をチャイルドルームにしました。今はサトリの子達が見てくれています」


 階段を上がり、柔らかい絨毯が敷き詰められたホールに着く。そっくりの顔をした四人の赤ちゃんと金髪の子狐赤ちゃんコロンがいた。

 ぬいぐるみに乗ったり、積み木をしたり、ボールを転がしたりしている。


「シャーリーが歌に合わせてダンスを!」


「可愛いですよね、抱っこしてあげてください」


 自分の子を抱いて微笑む姿にほっとする。病み上がりなので無理はさせたくない。あとは子ども達に任せて、端のテーブルに案内する。


「驚きました。ほとんど泣いていません」


「心を読める子供達なので、赤ちゃんの要求が分かるのです」


「すごい……天性の保育士ですね」


 そこへ、薄桃色の長い髪を揺らしながらワイファがジュースを持ってきてくれた。先日プレゼントしたネックレスが首元で光っている。


「どうぞ」


「ありがとうございます。キレイな方ですね、メイドさんではないようですが」


「ぼくの妻のワイファです」


 ディアブロさんの目玉は飛び出そうになり、震える手でメガネを押して何とか抑えている。


「いつご結婚なさったので!」


「ディアブロさんが寝ている間に……」


「なんという事でしょう。ついこの間までレッド様の背中に隠れていた儚げなトリィ様が!」


「あはは」


「失礼。あまりにも意外でして。ご結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 そこへ、紫色のオカッパ頭のフリーがシフォンケーキを持ってきてくれた。先日プレゼントしたピアスが耳たぶで輝いている。


「お口に合うといいのですが」


「ありがとうございます。トリィ様、こちらの方は」


「ぼくの妻のフリーです」


 ディアブロさんの飛び出した目玉でメガネが割れた。

 この階には花瓶は置いていない。テーブルの下の救急箱を開けて、氷漬けの葉っぱを溶かして手のひらに乗せて回復魔法を施す。


「大丈夫ですか?」


「トリィ様……二股などと、ふしだらな!」


「二人とも正式な妻なんです。法律が変わって重婚が可能になったんです!」


 ディアブロさんに事情を話すと、スペアのメガネを拭きながら納得してくれた。三角メガネをいくつ用意してあるんだろう?



 ランチに、サンドイッチパーティーをする事にした。具材をたくさん用意してもらい、好きなようにパンに挟むのだ。


「サリーはハムとチーズいっぱい!」


「ハンバーグ、トマト、レタスがベストかな」


「チキンステーキ二枚乗せ!」


 ワイワイしながらオリジナルのサンドイッチを作り、各自のバスケットに入れた。ディアブロさんは四つ子と一緒に居たいそうなので、サトリの子達と妻二人と一緒に庭に出る。


 ポカポカ陽気の中、楽しいピクニック。

 ケチャップの付いた口元を拭いたり、食べ比べして、次は何を入れようか話したり、ワイワイ楽しく過ごした。


「フリーと一緒にデザートを運んでくるわね」

「のんびりしててくださいね、姫」


 二人が城の中に消えて、ウトウトし始めたら、何か妙なモノが見えた。目をこすって改めて見ると、固く閉ざされた城門の上に、ヘビ女がいた。


「あらあらー、新魔王にこんなに子供がいるなんてねー、皆殺しにしたらー、ヴヴ様が喜ぶかしらー?」


 ヘビ女は、細長い舌をチロチロ出しながら、トゲが付いたムチを取り出した。手元で細かく動かすと、城門の一部が崩れ落ちた。ヴヴ様という事は魔神教徒か!


「お、おひめさま、ヘビ、こわい」


 背後に子供達をかばいながら、考える。

 こちらは剣だ。近づかなければ戦えない。遠距離が得意なムチとは相性が悪い。

 モタモタしていたら子供たちに危害を加えられてしまう。


「サリーちゃん、お願いがある!」


「はい!」


「あのヘビの心を読んで、みんなに指示を出して。みんなはそれに従って」


「サリーがリーダー?」


「そうだよ。頑張って倒すから、頑張って逃げて!」


「分かった。みんな、行くよ!」


 走り出した子供達を見て、ヘビ女の目がギョロリとそちらを向く。ムチを構えるビシッとした動き。


「みんな伏せて!」


 ムチは横なぐりの攻撃をして、城の壁に傷をつける。子供達は間一髪で避けられた。小走りで近づきながらペンダントを魔剣の姿に戻す。


小癪こしゃくなガキどもめ!」


「左に避けて!」


 ムチが振り下ろされて、今までみんなが居た場所を深くえぐる。直撃したら全員死んでいたかもしれない。


 隙をついて斬りかかるも、避けられて尾で飛ばされた。クソ、早く倒さないといけないのに。


 子供たちに、もしもの事があったら!


 魔剣を握る手に力がこもる。

 ダメだ、隙がない。完全にこちらを見ている。この距離じゃ、られる!


「そのヘビ! 昨日フラれた!」


 サンくんが叫んだ。

 ヘビ女はギョロリとした目を血走らせて、ワナワナ唇を震わせて彼をロックオンする。


「あのガキャア!」


 完全な隙をつき、真横から胴体を斬り捨てた。自分の死に気づかないヘビ女はなおもムチを振ろうとするから、手首を斬り落とした。


「ああ、重婚が認められたのに、なぜ結婚してくださらない。ヴヴ様、こんなに愛しているのに、こんなに愛しているのに!」


 完全に動きを止めたヘビ女の体を、狐火魔法で燃やし尽くす。怖かった……本当に危なかった。


 膝がガクガクして歩けないでいると、子供たちが戻ってきて支えてくれた。


「おひめさま、大丈夫?」


 全員の顔を見て、安堵から涙が溢れ出てきた。


「サリーちゃん、リーダーを頑張ってくれてありがとう。すごかったよ!」


「えっへん」


「アゲちゃん、ニーナちゃん、チェス君、オセロ君、頑張って逃げてくれてありがとう!」


「サリーの指示が良かったよ」


「えっへん」


「そして、サン君!」


 サトリ家の中で特殊な、過去を見る力を持つ彼の手を握る。澄んだ黄金色の瞳をじっと見つめる。


「君のおかげで勝てた。勇気を出してくれてありがとう!」


 サン君の手がプルプル震えた。

 キラキラした涙がツーッと、ぷにぷにした頬を流れていく。


「ボクのちから、やくにたった?」


「サン君は命の恩人だよ!」


 六人をまとめて抱きしめていたら、プリンをたくさんトレイに載せたフリーとワイファが現れた。あちこち壊れた庭を見て動揺している。


 おやつは三階まで戻ってから食べる事にした。甘くてとても美味しかった。


 フリーとワイファが片付けのために退出し、サトリの子供達も四つ子もお昼寝タイム。静かな時間の中で、ディアブロさんが口を開いた。


「本当は、子供を持たないつもりでした」


 意外な言葉に驚いて顔を見る。

 話しづらそうだけど、聞いて欲しい雰囲気を感じる。


「妻は医者の仕事に命を懸けていますし、自分は妻さえ居れば良かったので。しかし、猛反発を受けました」


「誰にですか?」


「義両親です。絶対に孫の顔が見たい。作らないなら勘当だと、ムリヤリ子授けの寺院で祈らされました。四回も」


 それで四つ子になったのか。

 めちゃくちゃ効果のある寺院だな、後で詳しく場所を聞いておこう。


「気持ちをないがしろにされて、仕事を休まされて、妻は限界だったのでしょう。自分も仕事を辞める事になって辛かったです。しかし──」


 ディアブロさんはベビーベッドでスヤスヤ眠る赤ちゃんに近づき、愛おしげに額にキスをした。


「お陰様で、今は良かったと思えます。これからもこの子達を大切に育てていきます」


「はい。頑張ってください、お父さん」


「トリィ様も近々同じ立場になるかもしれませんね、なんでも相談に乗りますよ」


「よろしくお願いします」


 子供とは、か弱くて守るべき存在だと思っていた。しかし今日は逆に守ってもらえた。四つ子ちゃんもきっと、ディアブロさんを支えてくれるだろう。


 ニコニコしていたら、キョウ君が帰ってきた。

 先日プレゼントした黒いチョーカーが首筋を彩っている。


「ただいま」


「おかえり、おじいさんのお店はどうだった?」


「ありがたい事に大繁盛。予想通り、売上を狙う強盗がやってきたから成敗してきた」


 キョウ君はディアブロさんの前に小包を置いた。


「城下町のレストラン『わあうるふ』自慢のチーズパンです。よろしければご賞味ください」


「かたじけない」


「トリィのはこっち。シュガーロールパン」


「ありがとう!」


「トリィ様、同年代のお友達も出来たのですね、良かった」


「いいえ夫のキョウです」


 ディアブロさんはしばらく固まった後に、メガネを直す仕草をしたまま倒れた。そしてそのまま三日寝込んでしまった。

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