Record:Strange New York

いちのさつき

ハイスクール少女は振り返る

 並行世界にトリップする。そんなものはSFの物語でしかなく、ラブコメものが好きな私にとって興味のないものだった。そのはずだったが、そうかもしれない出来事を経験してしまった。滅多にない機会だったので、簡単に振り返ってみようと思う。メアリー・ウィルソンという1人の人間として、どれだけ伝えられるか分からないが、精一杯やってみる。


 ハイスクールが休みだった。バイトもない。友達との遊びもない。だから皆のオアシスであるセントラルパークで昼寝をしていた。起きた時は違和感なんてなかった。いつもの鮮やかな緑の木々が見えていたためだ。


「あれ」


 だが街中に入ってみて、ちょっと違うと感じた。見上げるほどの立ち並ぶビル達がいない。全てが石とレンガで作られた古い時代の建物。ニューヨークだとそういうところも普通にあるので、不自然だと思わない。しかし道路の色が違う。コンクリートではなく、別のもので作っている。車だって湯気のようなものが出ている。1900年代のデザインではと感じるものばかりだ。それだけではない。周りの人の格好が全然違っていた。スカートの裾が長い。露出していない。こういう時は気付かないフリをするのが1番だ。


「うわーお」


 ぶらりぶらり。道を歩いていたら、大きい塔を見つけた。感嘆の声が出る。昼間にも関わらず、キラキラと輝いている細い金色の線で出来た塔なのだ。誰だってそうなる。スマホで思わずカシャリと撮る。投稿して自慢したいところだったのだが、ようやく気付いた。電波がない。


 マジでと思った。戸惑う。当たり前にあるものが使えない。依存しているとは思ってないが、急に電波がないことに気付くと狼狽えてしまうのは仕方ないだろう。生活でだいぶ世話になっているぐらい、使っているのだから。とはいえ、まあいっかと思う。電池はまだ余裕で残っているし、また繋がった時に投稿しておけばいい。


「やっべ。おばさん、これツケで! 新聞社ストリートNYへお願いね!」

「こら! 普通に支払え!」


 レストランから勢いよく飛び出す男がいた。おばさんがカンカンになっている。普通に支払えるのならやっときゃいいのに何故やらない。既にいない人に言っても仕方ないことだろう。心に留めておく。おばさんが外に出てきて、私に近づいてきた。困ったよう顔で頬をかきながらこう言ってきた。


「ああ。悪いね。お嬢ちゃん。彼奴はいつもああさ」


 平常運転という奴らしい。どう反応すればいいのだろうか。


「そうだ。お嬢ちゃん。この後……暇かね」


 特に悪い人には見えない。それならおばさんの誘いを受けていいだろう。そう思って、私は承諾した。


「はい」

「入ってくれ」


 お邪魔する事になった。レストランに誰もいない。静かだ。オレンジ色の硝子の器のランプで木製テーブルを灯す形になっている。多分あれはアンティークの類だろう。天井にも灯りはあるが、私の知るものではない。蝋燭が見えている。メニューにもよるが、インスタ映えするような古くて良いデザインだ。少なくとも私は気に入る。適当に窓側の席に座らせてもらって、おばさんが来るのを待つ。


「いやー。さっきはすまないね。彼奴金持ってるのに忙しいからって、味わうことなく食って行っちまうんだよ」


 数分待つと、おばさんがコーヒーを出してくれた。角砂糖、ミルク。どちらもお好みで調整出来るようにしてくれている。これはありがたい。


「いえ。気にしてないわ」


 コーヒーを口にする。このすっきりした感じ、これはかなり良いものなのでは。そう思って、私はおばさんに聞く。


「これどこ産なの」

「ハワイだよ。細かいとこまでは分からんがね。ツテでどうにか貰ってるレアものさ」


 このコーヒーは貴重なものだと悟った。


「へー……いや初対面の私に出すのもどうかと」

「なあに。気にする必要ないさ」


 こちらが損するわけではない。素直に貰っておこう。ちらりと視界に新聞が目に入った。


「読んでもいいよ」


 と言われたので、手に取って読んでみる。当たり前だけど英語だ。白黒の写真。2019年10月13日発刊だ。だが何故か世界的な出来事による影響を受けている節がない。いや。そもそも世界中に関する言葉がひとつも見当たらない。地域新聞ならおかしくないかもしれないが……というかそうであって欲しい。ざっくばらんに見て気になったものがあった。世紀の大発見と書かれ、あまり縁のないエネルギー開発に関することだ。正直分からない。


「どうかしたのかね」

「これのことなんですが」


 聞かなければ何も始まらない。いつだってそうだ。だから私は尋ねた。おばさんは微笑んで教えてくれる。


「これかね。まあ気になるよね。技術的な革命すらなるって話の奴だから誰だってそうさ。詳しいページはっと」


 革命に繋がる何か。一体何を発見したのだろうか。おばさんは必死に新聞を捲ってくれている。


「あったあった」


 記事を見る。ペンシルベニア大学の教授が何かを発見したらしい。英語なので読めないなんてことがないはずだが、黒く塗りつぶされたように見えなくなっている。見間違えだろうと思い、頬っぺたをつねる。ただ痛かった。


「石油に代わるエネルギーをずっと探してたのを知ってるだろ?」

「ええ。そうね」


 エネルギー問題はずっと前からあることを知っている。ただそれだけの認識だ。ニュアンスが違う気がするのは……気のせいだと思いたい。肝心なことは全部ぼやけて読めないから分からない。


「ようやく○○というものを見つけた。世界がガラリと変わるだろうよ。ああ。私には分かる。アメリカだけじゃない。遠い東洋でもびっくりするだろうさ。お嬢ちゃんもそうは思わないかね?」

「そうね」

 

 聞こえない部分が出てきた。ノイズがかかっているが正確な表現なのかもしれない。うとうと。ぼんやりとしてくる。コーヒーを飲んだはずなのに何故だ。疑問が深くなりながらも、私は深い眠りについてしまった。


 どれぐらい経ったかは分からない。だがとにかく目を開けて、体を起こした。緑の風景とその先にある高層ビルの郡が見える。私はセントラルパークにいる。周りのみんなはジョギングをしたり、デート中だったり、自由に動いている。いつものNYの風景だ。これが自分の知る2019年のものだ。それと同時に謎が表に出てくる。


 自分が見てきたことは一体何だろうと。何故同じ2019年でも前時代的な代物が街にあったのだろうか。あの新聞の一部が読めなかったり、聞き取りづらい部分があったりしたのは何故か。これがただの夢ならどれだけ良かったか。


「マジ?」


 手元にクッキーが入った紙袋。昼寝をする前はなかったはずだった。ほんのりと甘くて香ばしい香りが鼻に届く。これがきっかけで、もの凄く安易な結論に至る。


 私は別の歴史を歩んだ世界に行ってしまったのではないかと。それは石油に関することだったのかもしれないと。エネルギー問題とやらの答えを探っていたみたいだから間違いないだろう。


 エネルギー問題。今の私達の世界でも問題だと聞いている。詳しいわけではないが、将来に悪影響を及ぼし、解決するしかないというのは理解している。ニュースに関心を持ち、知識を持ち合わせていない私では考察すらままならない。何もしないままでよいのだろうか。


 いや何故ただの並行世界のトリップ談(仮)にエネルギー問題のことを。そう思いながら私はおばさん(多分)から貰ったクッキーを口に入れる。夜に食べると太るというが、今回は特別である。ひょっとしたら美味しいものは世界共通語か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Record:Strange New York いちのさつき @satuki1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ