第2話

「俺の名はチャミ、流れの薬師をしている」

「こちらのハフロス殿下は、お前が言ったようにゼルスト王国の王太子。私は親衛隊の王子付き騎士ノスワース」

「第一騎士団副団長クルハ」

「私は王子付き魔法教師のウテヤロワといいます」

4人はお互いに名乗る。


「さて状況の確認だが、ゼルスト王国で何かあったかはこの際どうでもいい、その王太子が魔物の巣食う森を西のエテレーザル王国へ逃げていると。王子の母がエテレーザル王の妹だったのでその縁を頼ろうとしている。合っているかな」

「そうです」

チャミとの交渉はウテヤロワがすることに決まったらしい。

「街道を使っていないのは、すでに敵がいると考えているからか」

「街道のある渓谷入り口の国境警備隊はグロネース卿の配下。多分グロネース卿は敵の陣営にいるでしょう」

「'多分'か、想像なんだ」

「私達は敵の蜂起直後に王都を脱出しました。詳しい事は何もわかっていない状態です」

チャミが腕を組み考え込む。

「本当は知りたくないが、敵とは誰なんだ」

「王の従兄弟、ヌバール卿」

ハァーとチャミの声が漏れる。

「そいつの名前は俺でも聞いた事があるぞ。噂の半分だけ本当だとしたら王位簒奪なんて無理だろう、賛同者がいたのか」

悪い噂しか聞かない、浪費家としても有名だから金で自分の陣営に取り込んだ訳ではない。ヌバール卿は将来に味わえる蜜しか約束できないはずだ。

「恥知らずは多かったようです」

チャミは2人の騎士を見た。ノスワースは裏切り者に怒りを示し、クルハは目を瞑りただ立っている。


「王子の命とエテレーザル王国への脱出どちらを優先すればいい」

チャミの問いは、4人が考えてもいなかったものだ。

「王子を無事にエテレーザル王国へお連れするのが、我れらの使命だ」クルハはそれ以外は無いと考えている。

「これから森の西に抜けるのに2日、ハフロス王子を連れていれば3日はかかるだろう。森を知り尽くしている狩人の動きは早い、この1日は大きい」

ハフロス王子を連れてエテレーザル王国は行けないとチャミは言っているのだ。

今までの襲撃を思い4人もそれは否定できない。

「そこで助力を願いに隣国へ向かうも者と王子を保護する者、2つに分ける」とチャミは指を2本立てる。


ウテヤロワは直ぐに何を言われたのか理解できたようだ。

「エテレーザル王へ向かうのは体力のある騎士2名が良いでしょう」

「な、何を言うか私は王子の側を離れはしません」

反射的にノスワース拒否する、そして王子を強く抱きしめた。

その行動を見たチャミの口元が上がる。

「ハフロス王子が死んでもいいのですか」


ノスワースが黙ったのを確認してチャミが続ける。

「2名がエテレーザル王に向かった方が早く着く。残り3名で南に渓谷にでたら街道中央に向かい、ラシイタの門近くで街道に降りる」

「そこへ助力を得た我らが迎えに行くわけか」

「ラシイタの門は両国の実質てき国境、武装して門を越えるのは宣戦布告と見做される。たとえそこでハフロス王子が見つかったとしてもエテレーザル王国相手に無茶はしないでしょ」


「森の外れとはいえ、何日も待つことになるが」

「そこで私が同行する必要があるんです、森の中で生き延びる知恵を持っていますから。適任でしょ」


王子の命にかかる提案だ、この提案を受けるか臣下では決めかねる。

王子がウテヤロワに視線を向けているが彼は肯定も否定もしない、ご自身で決めるよう促している。

否定しないのは悪い案ではないという事だが王子には伝わっていないようだ。

一度息を大きく吸い込むみ王子は決断した。

「ノスワース、クルハ両名は急ぎエテレーザル王のもとへ迎え。ウテヤロワは私の共に」

は!

次にする事が決まった。


立ち上がる騎士にチャミが「ノスワースさん半日そいつを背負ってもらえませんか。あとは適当に捨てていいですから」と、襲撃者の死体を指差す。

「クルハさんの体躯では影響が出にくい、足跡を一人分沈めたい。多少でも追っての目を惑わしたい」

ノスワースは躊躇したが、クルハが死体を背をわせた。

身分としてたノスワースの方が上のようだが、実際にはクルハが主導権を持ってるようだ。


「ウテヤロワさんは浮遊魔術は使えますか」

浮遊魔術とは自信を浮かす術だ、飛行魔術と違い移動はできないが高度な魔法には変わりない。

「短い間なら」

「そいつは良かった。これに自分を結んで王子を抱いて浮いてください」とチャミはロープを出す。

「私が引張ります。ウテヤロワさんが浮いてる間は王子の足跡が無くなる。死体の分沈む足跡との合わせ技、まあ上手く行ったら儲け物でしょうが」


ーーーーー


3人は森の中にいる。

日は落ちているが焚き火していない。魔物や敵に見つかる可能性が有るからだ。


「いやでも食って体力を少しでも回復してください、体に有害なものはありませんよ」

そう言われ出されたもは何かの幼虫と甲殻類の虫。どちらも丸々と太っている。

チャミはそれを生のまま口に入れる。

王子は目の前の虫を絶望の眼差しで見続ける。

ウテヤロワが意を決して幼虫を食べた。

「殿下、多少の苦味はありますが食べれなくはございません」美味しいとは言っていない。

王子もこの状況下で美食を期待しているわけではない、ただ虫だ。かなりの勇気がいる。

「王宮にいては知りえぬ事も多い」変な所で世界の広さを実感する王子だった。

それを聞いたウテヤロワは優しい笑みを向け、それをチャミは複雑な目をして見ていた。


「人に聞いた話は所詮他人の感想だ、自分が体験しどう感じかとは違う。ヌバール卿の噂も俺の聞いていた話と違ったのかもな」

「その噂はほぼ合っていると思います。王宮と城下双方に出入りした私の感想ですが」

城下をぶらつけるのならウテヤロワの身分はあまり高くない。

なのに王太子の家庭教師をしている、その品格も十分に備わっているように見える。何か理由があったのだろう。

「そういえばゼルスト王は噂話を聞く事自体少なかったな」

「父上は偉大な王です。侮辱は許しません」王子が立ち上がる。

「殿下、落ち着いてください。チャミ殿は王を侮辱したのではありません」

いや、聞く人が聞いたら十分に侮辱していると思うが。

「ヌバール卿が噂通りの人物でも、今回味方するものが多かったんだろう。'なら'と思って悪いのか」

そうかも知れないが今それを王子に言う必要はない。チャミは一言多い。


「証拠はありませんが、後ろで糸を引いていた者の姿が見えます。そこから金も流れていたようです」

「そんなの国内が荒れるだけだろう、誰にも利がない」と言ったあと「あ!」と声を出す。

チャミは何かに気がついたようだ。

沈黙が訪れる。王子は何もわからず2人を見ていた。


「蟲を生のままだべる、噂に聞いた事が有ったのですがチャミ殿は蟲使いですか」

しばらくの沈黙の後、ウテヤロワが話を変えた。

「その名を知っているのかい」

「それは何なのだ」と王子。初めて聞く。

「獣が魔素の影響で魔物になるように、虫は蟲になります。そして魔物使いという技があるように蟲使いという技があると」

ウテヤロワが記憶をさぐりながら答える。

「よくご存じで」

「本物には初めてお会いしました」

「魔物使いも少ないのに蟲使いはもっと少ないからな。そして俺たちは街に入るのは禁じられている。見かけないのは当たり前さ」

「街に入れない?」と王子。

その王子に向かいチャミが

「そう、たとえ王であっても俺たちを街に入れる事はできない。この大陸全ての国でな」

「初めて聞いた。しかも全ての国に同じ法が有るだなんて、何故だ?」

「殿下、そのよう法はどの国にも無いと思います」とウテヤロワが補足する。

「そもそも国内に蟲使いがいない国も多い。法を作る必要もないさ」この話はここまでとチャミが終わらせた。

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