【書籍版・第32話】ダンジョンな日常

朝食を食べ終えると、俺たちは家を出た。


3日目のダンジョン探索。

まずは今日も、自宅の周辺でめぼしいダンジョンを探すところからスタートだ。



俺たちの先頭をヴァンが歩く。


ダンジョンの中では、大きくて白いもふもふな獣になるヴァン。


今はマナが少ない地上だから、こじんまりしたワンコの姿になっている。


おしりをふって前へと進むテコテコとした動きが、愛らしい。


だが本人にそれを伝えると「ケィタ、何を言ってるんだ……?」と呆れたイケボで返されそうなので言わない。



「天気、いいね!」手をつないでいるリュイアが言った。


「そうだね。ぽかぽかだ」


「ぽかか?」


「うん。あったかくて、気持ちがいいねってこと」


「そっか。ぽかかだー」


「うん。ぽかぽかだねー」


ヴァンによると、リュイアのおじいさんであるシバ――とても力のある大魔族と呼ばれる人――は、リュイアのことを溺愛しているらしいのだが。


こうしてリュイアと会話しなが歩いていると、その気持ちはすごくよく分かった。


あまりにもリュイアの「おじいちゃんっ子」具合がすごくて、俺はもう老後に孫と散歩してる気分だ(?)



しばらく、リュイアが楽しそうに話しているのを頷きながら聞いていた。


が、前から人が来たので会話を中断。


犬を連れて歩いているサンバイザーをつけた女性だった。


女性はヴァンの隣をすれすれで通ったが、彼の方には目もくれない。


ヴァンとリュイアは、いまだこの世界のほとんどの人には見えないし、声も聞こえない。


俺にはこんなにもはっきりと見えているのに、すれ違う誰もがヴァンの隣を気にせずに歩いていくのは不思議な心地がした。


しかし、彼女が連れていた犬はそうではなかった。


「キャン、キャン!!」


ヴァンとの距離が縮まった瞬間、ぎょっとしたように飛び跳ね、激しく吠えたてる。


「すみません……ほら、行くよ」

女性は申し訳なさそうに謝り、リードを引いた。


リュイアとヴァンに気を配りながら、俺はその犬が女性に引っ張られるようにしていくのを見送った。


彼女の犬は、最後まで俺たちに向かって吠えていた。


「私たちが見えていたらしいな」と、ヴァンが呟く。「多少、魔力と繋がっている感覚があるのだろう」


『あのチワワに、魔力の感覚が……』


もしリュイアとヴァンが、俺ではなくあのチワワに魔力を渡して、ともにダンジョンへと潜ることになったら。


チワワはヴァンみたいに、むらさきの炎でも吹いたのだろうか。




幾つかのダンジョンをスルーしたヴァンが、一つの穴の前で立ち止まった。


注意深くその穴を嗅ぎ、納得したようにふんすふんすと鼻を鳴らす。


『かわいいなぁ……』と、思わずほっこり。



「リュイア、ケィタ」


「なーに?」


「ほどよいマナの気配だ。今日はここにしよう」


ちょうどいいダンジョンが見つかったらしい。


「わかった!」


「うむ。では行こう」

ヴァンがぽっかりとあいた穴に滑り込む。


「ケィタ、行こ!」


「うん」


俺たちも、ヴァンの後に続いて飛び込んだ。






3日目のダンジョン探索は、1日目、2日目以上にサクサク進んだ。


相変わらず、洞窟の奥からは奇妙な姿の魔物ばかり現れる。


だがこの2日でマスターした魔法を駆使すると、俺は難なくそれらの魔物たちを倒すことができた。


加えて、これまでの2日と大きく違っていたことがある。


それは、ヴァンの魔力だった。


立方体型の胴体に六つの足が生えた蜘蛛のような魔物。


それを相手に、ヴァンは自身の属性魔法【紫炎しえん】を試し打ちした。


ボフッ。

「ほう?」


ゴォォォォ……

「ふむ」


そうしてさらに何体かの魔物を倒した後、ヴァンは嬉しそうに言った。

「悪くない」


昨日、破壊したダンジョンコアの恩恵を受け、ヴァンは自分の魔力に変化が表れていることを感じ取ったらしい。


リュイアによれば、まだまだ本来のヴァンの力はこんなものではないらしいのだが。


それでも少しでも力を取り戻せたという事実は、この気位の高いもふもふさんにとってとても嬉しい出来事だったようだ。



巨大なマシュマロのような【雷球】で難なく倒した後、俺は少し休憩しようと提案した。


「あれ、食べる?」とリュイアがこちらを見上げ、言った。


「うん、あれ食べようか」


「やったー!」


彼女はモンスターポシェットから、俺が渡していたものを取り出す。


朝食を用意したとき、俺が余っていた米で握ったおにぎりだ。




「いっただっき、ますっ!」

元気な掛け声とともに、リュイアがおにぎりにかぶりつく。


そしてもぐもぐ、もぐもぐ……と食べて、「!」という表情をした。


「どうしたの?」


「鮭フレク! ケィタ、鮭フレク入れた!?」

口の端に米をつけたリュイアが、目を輝かせて言った。


「うん、入れたよ」


「ケィタ、わかってる……!」


謎の褒められ方をされ、俺は笑った。


リュイアは、「ありがとっ!」と弾むように言った。


「どういたしまして」




お弁当休憩を終えると。


「よし、行こー!」


うちのパーティーのムードメーカけん魔法石回収係の一声で、探索を再開した。



現れたのは、両手にそろばんのようなものを持ったゴブリン。


キキィー!


俺が前に出ると、ゴブリンは甲高い声で叫び、両手のそろばんを高くあげて振る。


【雷剣】

【雷盾】


俺の方は、自身の属性魔法である【白雷】を剣と盾の形にし、装備完了。


身軽なゴブリンが、勢いよく駆け寄ってくる。


こちらに向かって振り回されるそろばんを、盾で受け、剣で捌いた。


戦えば戦うほど、体はスムーズに動くようになってきた。


全身を駆け巡る魔力に身をゆだね、その力を引き出す。


ギッ!


盾を押しつけ、無理やり前に出ると、そろばんゴブリンが見事に体勢を崩した。


『ここで』


敵に近い位置に足を寄せ、体を捻る。


『こうする』


自分の体に引きつけるように、コンパクトに雷剣を振り抜く。


ギッ!!


クリティカルヒット。


倒れたゴブリンから煤のように汚れた魂が出てくる。

それは渦を巻くと白い光となって、パァっと消えた。



「魔法石、回収しますっ!」


白いもふもふさんから降りたリュイアが、はりきって呪文を唱え始めた。




その後も現れる魔物を、俺とヴァンの魔法でサクサク倒す。


順調過ぎるほど順調な探索だったが、白いもふもふさんが急に立ち止まった。




「どうしかした?」と俺は尋ねた。


洞窟の先を見ながら、ヴァンは低く唸り、白い毛を逆立てた。

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