【書籍版・第21話】信じられるもの

「じゃあ……じゃんけんで決めるのはどうかな」


「じゃんけん?」とリュイア。


「うん。じゃんけん」


俺はじゃんけんについて説明した。

グー、チョキ、パーで勝負を決する、単純明快にしてわりと便利なゲームだ。


「ふむ……運試しというわけだな」


「そうですね」俺は頷いた。「どうですか?」


二人は顔を見合わせ、頷いた。


「わかった!」

「うむ。ケィタが教えてくれた、その方法で決めよう」


「わかりました」

よかった。

どちらがダンジョンコアを破壊するにせよ、二人が納得する形が一番だからな。


「ワンコさん、手、使えますか?」


「いや……私はどうかな」

ワンコさんが前脚をあげる。肉球かわいい。


俺はさも必要がある行為のように、それをぷにぷにした。

「たしかに、これじゃあじゃんけんは難しいかも。代わりに俺がワンコさんの手を出してもいいですか?」


「ふむ。よろしく頼む、ケィタ」


「ええ」


「ケィタ。チョキ、これで合ってる?」

リュイアが、小さな手で指を曲げる。薬指とあわせて、三本の指が立っている。


「こうだね」と俺は薬指をまげた。「できそう?」


「うん」

リュイアはチョキの練習を何度も念入りにしていた。


「……」

チョキ出しそうだな……。


「リュイア、できそう?」


「うん!」


「よし。では、いきます」


光り輝くダンジョンコア。

腹を決めたという達観の表情で見守る白き獣。

そして人生初のじゃんけんを前にして、緊張の面持ちを浮かべる魔族の子。


洞窟の壁に、俺のかけ声が反響した。

「最初は……」

「グー!」

「じゃんけん――ぽん!」



リュイアはやっぱりチョキ。

そして俺は――――パー。


「ええと、ケィタ、パーだから……」


「おめでとう。リュイアの勝ちだよ」


「ほんと!!? リュイア、かったの?」


「うん」


「やったー!!」


リュイアが、両手を挙げて喜んだ。

どちらの手も、薬指がうまく曲げられていないチョキの手だった。


グーとかパーとかの方がやりやすいだろうに、チョキを選ぶリュイア。

ちょっと中立とはいえなかったかもしれないけど、一生懸命チョキを練習する子に対して、グーを出すことはできなかった。


ごめんよ、ワンコさん。


ワンコさんは、ふーっと息を吐いた。

「我々の負けだ。リュイアよ、心置きなくダンジョンコアを破壊するがいい……!」

ワンコさん、決闘に負けた騎士みたいだ。


「えへへ、ありがとう!」

リュイアがコアに近づく。そしてそれを持ち上げた。

「うわぁ……!」


その石は、リュイアが持ち上げると七色の輝きを増した。

自分の魔力を大きくしたいと思わない俺でも、なぜか魅了されるものがある。

大量の金塊を前にしたときのような……なんだか、危ない魅力を持った石だ。


リュイアが、目をつぶった。

さて、どんな魔法でこれを破壊するのだろうか。


魔族の少女は、ダンジョンコアをおもむろに自分の頭上へと持ち上げた。

そしてそれを――

「ていっ!」


普通に、叩きつけたー!

めちゃくちゃ物理攻撃だった―!


バキッ!

パキパキパキ……


ダンジョンコアにヒビが入る。


そして――

バキンッ!


するとコアから、小さな光の粒があふれ出した。そしてそれが、リュイアの体の中に吸い込まれていく。


全ての光りが吸い込まれると、コアは光を失い、どんどんと黒くなっていった。


「コアさん、ありがと」とリュイアが呟いた。


「これで……終わったの?」


「ああ」とワンコさん。


ゴゴゴゴゴ……


「……ん?」


俺は音がして振り返った。

俺たちが歩いてきた方――洞窟全体が、唸りをあげているような音がする。


「コアは破壊された。このダンジョンももうじき崩壊するだろう」とワンコさん。


「えっ、じゃあ脱出しないと……!」


俺は来た道を指差して言う。入って来た穴まで、急いで戻らなくては。


「いや、こちらから出られるぞ」とワンコさんはコアの方に向き直った。


「……!」


破壊され、光を失ったコア。それは黒い液体のようになり、そして――黒い穴となった。


「ここから出られるの?」


「ああ。入ってきたのと、全く同じ場所にな。行こう」


地上に出たいのに、さらに下に開いた穴に潜るというのは、これいかに。

だがそんなこと、もはや何の気にもならなかった。


ダンジョン、魔法、そして魔物。

この数時間で、物理的に、常識的にありえないことなど幾らでも見てきたのだ。

その中でたしかに信じられることがあるとすれば――リュイアとワンコさんのことだけだ。

俺たちとは違う、ファンタジーな理を持った世界からやってきた魔族たち。

郷に入っては郷に従え……ではないが、このダンジョンにあっては彼らの理に従うのだ。


ゴゴゴゴゴゴゴ……


断続的に聞こえる地響きのような音が、にわかにその大きさを増してきている。


「先に行くぞ」

ワンコさんが、軽やかに穴の中に飛び込んだ。

沼のような黒い液体に飲み込まれると、ワンコさんの姿は見えなくなった。


リュイアが、俺の手を引いた。

「ケィタ、行こう!」

「うん」


リュイアと一緒に、俺もその穴の中に飛び込んだ。


未知のものに対しての抵抗がなかったわけではない。

だが俺のちっぽけな常識や日常を超えた彼らの存在や言葉を、俺はようやく信じられるようになっていた。


これは夢でも、幻覚でもない。

何の変哲もなかった俺の現実世界に現れた、奇妙だが圧倒的な、異世界の現実なんだ。





暗くて、何も見えなくなる。

でも俺の左手には、ずっと小さな手に握られている感覚があった。

そして視界の闇が晴れる。


目を開けるとそこは――俺のよく知る、地上の世界だった。


先に出たワンコさんは、先ほどまでの大きな獣の姿ではなく、大型犬くらいの大きさに戻っていた。


「リュイア」と犬サイズのワンコさんが言った。


「あ、うん」

リュイアがぎゅーっと目を瞑ると、彼女の二本のツノはスポンと頭の中に消えた。


もう俺は、何を見ても驚きそうにない……。(フリではなく)


ワンコさんが、俺を見上げた。

「改めて礼を言わせてほしい、ケィタ」


「いえいえ」

俺は膝をつき、ワンコさんに目線を合わせて言った。


「ケィタ」リュイアがにこにこと笑いながら言う。「ありがとございました!」


「こちらこそ」


常識的には考えられないような体験だったけれど、終わってみると、色々と楽しかった。

ダンジョンに魔法、異世界から来た奇妙な二人組。

うんうん。

俺の人生はこれからも平凡なものだろうし、一度くらい、こんな不思議な体験があっても悪くないだろう。


「二人はこれからどうするの?」


「ふむ。どうする、とは?」


「ほら、ダンジョンコアも破壊できたことだし、役目を終えたから、元いた世界に戻るんだよね。この後は、魔法を使って帰るの?」


正直、名残惜しいから、もう少し一緒にいたいという気持ちはある。

だがリュイアは向こうの世界で、おじいさんが待っていると言っていた。

いつまでもこの小さな子とワンちゃんを引き留めるわけにはいかない。

魔族のおじいさんが、今か今かと二人の帰りを待っているのではないだろうか。


するとリュイアとワンコさんは顔を見合わせた。


そしてリュイアが首を振った。

「ううん。まだ帰れないの」


「……え?」

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