(Web版 第28話)
背中のリュックサックは、ドロップアイテムとして入手した
気分は大変ホクホクである。(ホクホク)
魔疲労チェッカーの測定値は83%。
「70%が要注意ライン、50%を下回れば危険(=即帰宅)」だから、まだまだ魔法を撃つ余裕は残っていた。
が、安全策をとり、『次に魔物を倒したら帰ることにしよう』と決める。
そして最後の魔物に遭遇するべく、ダンジョンの奥へと歩みを進めた。
しばらく歩いたが、なかなか次の魔物に出くわさない。
冒険者専用アプリ「
実際、ここまでの道のりでは、進むたび魔物(ほぼゴーレム)に出くわすという感じだったのだが。
『うーむ。出てこないな。
……おっ』
分かれ道に行き当たった。このダンジョンに入ってから、これで二回目の分岐路だ。
『二つ目の分岐路は、っと』
指でなぞり、二つ目の分岐路の位置を確認。
地図を見る限り、どうやら全体の6割ぐらいまでは来たらしい。
『結構、来たなー』
Cランク以上の中・上級者向けダンジョンでは、階層が複数に分かれているダンジョンも少なくないという。
だが、初心者向けのF・Gランクのダンジョンでは、大半が1つの階層のみから成り立っており。加えて、ダンジョンの全長も比較的短いものが多い。
この古墳ダンジョン(Fランク)も例外ではなく、1階層から成る、浅く、短いダンジョンだった。
このまま最後まで歩き続ければ、最奥までたどりつくこともそう難しくはなさそうだ。
『ま、今日は行かないけどな』
【経験の浅いうちは、『ダンジョンの踏破』を探索の目標にしないこと】という注意喚起は、ダンジョンのガイドブックやネット上などで、何度も目にしたことがあった。
ダンジョンは一般的に、奥へ進むにつれてD子の濃度が上がる傾向にある。現れる魔物も、それに従って強力なものになる確率が高まるという。
冒険者にとって最も重要なのは「探索を安全に終えること」。
まだ自分の実力が把握しきれていない初心者のうちは、むやみやたらと「踏破」を目指さないようにしましょうと、そういう話だった。
まぁこれだけ口酸っぱく注意喚起がされているということは、逆にいえば、それくらい「ダンジョンの踏破」という目標が、分かりやすく、魅力的なものだということなのだろう。
『登山家にとっての山と同様に、やっぱり最後まで到達するっていう行動は、達成感とか、征服感とか、そういうのが得られるものなんだろうな……』
だがそういうロマンを追い求めるのは、実力が伴ってからでも遅くない。
俺の今回の探索目的は、「自分が使うことのできる魔力量の確認」。だから最後まで踏破することを、意識して狙う必要は全くなかった。
同じダンジョンに何度も通ったり、相応の実力がついたりしたら、自然と最奥のフロアまでたどり着く日も訪れるだろう。
今はその日が来るのを楽しみにしながら、経験を重ね、地力をつけていくことにしよう。
分かれ道のうち、事前に決めていた右を選ぶ。左右どちらでも良かったが、万が一にも迷うことがないように一方だけを選ぶことに決めていた。
そして黙々と歩き続ける。
『ん?』
ゴーレムに遭遇しないまま、さらに歩き続けていた時だった。
違和感。
視線が、自然と左前方にある壁に吸い寄せられる。
俺は一歩、二歩と後ずさった。
『ゴーレム……か?』
凝視した壁には、まわりの壁と同じく、発光する苔が生えている。
見た目上は、ただのダンジョンの壁にしか見えないが。
魔物と対峙した時に感じるものと似た雰囲気を、なぜかその壁だけから感じた。
この違和感は、D子の気配、異変からくるものなのだろうか。
それとも魔物を警戒し過ぎるあまり、単に、神経が過敏になっているだけなのだろうか。
「……」
黙って様子を窺うが、壁も同じく、沈黙している。
『俺の勘違いか……?』
だが、その壁の前を通る気にはなれない。
その壁から感じる何か……嫌な予感が拭いきれない。
『そうだ』
俺は思いついて、周囲を警戒しながらリュックサックを開く。
『こんなことで使うつもりはなかったんだけど……ちょっとお願いします』
取り出したのは、自宅の庭ダンジョン――反転ダンジョンでのレベル上げを共にした、西洋騎士の使役フィギュアである。
通常のダンジョンで動かしたことはまだなかったので、入口付近の安全な場所に戻ったのちに、どんな動きをするかだけでも確認しようとは考えていたが。
予定を変更し、俺は使役フィギュアのスイッチを入れる。
そのダンジョンアイテムは、まわりのD子に反応して、体を膨らませた。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
反転ダンジョン内では、俺の膝ほどの大きさしかならなかった甲冑フィギュアだが。
今、目の前に立っているそれは。俺の腰ぐらいの高さ――ちょうど、先ほど遭遇したゴブリンと同じくらいの大きさになっていた。
『よし……』
使役フィギュアの準備は完了。
いざ、動かしてみようと考えると、妙な緊張が走った。
フラッシュバックするは、反転ダンジョンでのレベル上げの日々。
(※実質2日、体感では数週間)
何百、何千回。「歩け」「動け」と念じた結果、ようやく数歩だけ、前に進んでくれたわがまま甲冑。さて通常のダンジョンではどうか。
『動け』
ザッ、ザッ、ザッ……。
「!!」
心の中で念じると、ゴブリンほどの大きさの甲冑はぎこちなく、しかし着実に前へと足を動かした。
玩具のロボットを、手元のコントローラーで操っているかのようだ。
もっとも俺の指示を媒介しているのは、コントローラから発される電波ではなく、ダンジョン内に満ちているD子なのだが。
『にしてもこの感じ……』
たしかに反転ダンジョンよりもはるかにスムーズに、使役フィギュアはこちらの思い通りに歩いた。
立ち止まらせたり、向きを変えさせたりすることさえ問題なくできる。だが。
『うーん、さすがにこれで魔物と戦わせるとかは……無理っぽくない?』
あくまでおもちゃの域を出ないんじゃないかと思ってしまう動きを見ながら、俺は思う。
別売りで、手に持たせる武器も売ってるとか何とかだったが……この感じなら、あまり買おうという気にはならない。
動画サイトで見た、癖の強い魔法少女系動画配信者が話していたとおり、「(使役フィギュアは)ダンジョン内で魔法が使えない人でも、魔法を使う感覚が味わえる初心者向けのアイテム」という説明の意味が、ようやく理解できた。
『俺にとっては、反転ダンジョンでのトレーニング専用かな』
そんなことを考えつつ、甲冑を壁の前まで歩かせる。
『いけ!』
甲冑の両手を動かして、壁を殴らせた。
ダ、ダ、ダ、ダ……。
『ダメージとかはあまり与えられてなさそうだけど、さすがにここまでやれば。
壁に扮しているのがゴーレムだった場合、多少は反応があるんじゃないか?』
「……」
だが、壁はなおも沈黙したまま。微動だにしない。
俺は苦笑する。警戒し過ぎだったか。
使役フィギュアに近づこうとして――鳥肌。
『やっぱりおかしい……なんだ、この壁』
これまでに遭遇したゴーレムどころか……それ以上の不穏さ。
D子……のせいかどうかは分からないが、そこだけ空気が淀んでいる気さえする。
『戻れ』
俺が念じると、甲冑がトコトコ歩いて戻ってくる。
『かわいいな』
のんきにそんなことを思っている場合ではないのだが、こちらの指示を受けて健気に戻ってくる甲冑に和む。
相棒がこっちまで戻ってきたことを確認し、俺は壁に意識を戻した。
中指、薬指、小指と折り曲げて。その右腕を肩の位置まで上げる。
壁に向かって、まっすぐに伸ばした人差し指。
不穏な壁の正体。流石にこれで、はっきりするだろう。
『バンッ』
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