(Web版 第29話)

『バンッ』


ズガァァァァァァァァァァァァン!!


相変わらず、制御できない火力。

放たれた雷撃は、獰猛な犬のように壁に噛みついた。


これまでに出くわしたゴーレムであれば、もれなく瞬殺するであろう威力。


が、魔物を倒したときに発生する黒い靄は現れない。


かといって、ただの壁でもなかった。



「…………え」


壁には穴があいていた。


その穴の中からは……光。他の壁と同じく、苔が生えているのだ。


さも最初からそうだったかのように、穴は奥へと続いている。


「なんだこれ……」



折りたたんだ地図を、再び取り出し、広げる。


『やっぱりない』


何度確認しても、出現した穴にあてはまる横道は存在しない。


地図上に書かれていない道だった。



俺は穴に目を移す。


中の壁には苔が生えており、奥まで道が続いていることが確認できた。

明らかに、俺の魔法の力のみで発生した穴には見えない。


『たぶん、俺が破壊したのは表面の壁だけ……その後ろに、通路が隠れていた……?』


距離をとってはいるが、現れたその通路からこちら側に、何かが流れ込んでくるのを肌で感じる。


具体的に何が違うのかははっきりと言えないが。

温度、湿度の違いが肌で分かるように。

穴の中とこちら側の空間では、空気の質が大きく違うのを感じる。



『だめだ、危ない』


本能がそう告げていた。


しかし同時に。

自然と、その通路へと足が向かおうとしていた。


危険だという本能があってもなお、「この穴の中に入りたい」という感覚が押し寄せてくる。まるで目に見えない何かによって、通路の奥へと誘われているかのようだ。


今すぐ離れるべき。でも入りたい。

来た道を戻ろう。でも少し覗くだけなら。


自制心に、しつこく絡みついてくる誘惑。

気持ちがぐらぐらと。足元までもが揺れているみたいだ。


と。


『…………なんだ、これ』


身を屈め、穴から出てきたのは――人型のゴーレム。


体長は、2メートルを優に超えていた。



目、だろうか。


その人型ゴーレムの頭部には、D鉱石のように光る石が埋まっていた。


その目が油断なく、こちらの動きを窺っているように見えた。


するとそのゴーレムが動く。腕を上げた。


『……?』


決して短い腕ではない。だが、距離はあいている。攻撃されるとしても、その手は届かない。


ゴーレムは、上げた腕の手を開いた。


『なっ!』


体が引っ張られる。


『魔法か……!?』


完全に虚を突かれた。


反射的に踏ん張り、何とか抵抗する。


が。


「あっ」


強力な磁石に引き付けられる、釘のように。


俺の目の前を、ぴゅーとゴブリンサイズの西洋甲冑が飛んでいく。


手の中に飛び込んできたそのフィギュアに対し、ゴーレムはぐっと拳を握った。


ガシャ。



嫌な音。


見せつけるように、ゴーレムは拳をひらいた。


反転ダンジョンでの苦行をともにした相棒は、見るも無残な姿で地面に転がった。



ズガァァァァァァァァァァァァァァン!!!!


気が付いたら、右手を銃の形にしていた。


真っ白な頭の中に、一つの言葉がぽっと浮かんでくる。


『こいつはる』



ゴォォォォォォォォォォォ!!!


空気を引き裂くような、激しい唸り声。


大型ゴーレムは、まだ形をとどめていた。



ズガァン!


ゴコッッッ。


ズガァァァン!!


グォォォォォォォォォォォ!!!!


ズガァァァァァン!!


オオォォォォォォォォ…………。



黒い靄が視界を覆った。


ゴーレムは、姿を消した。



俺は駆け寄った。


地面に転がっている、相棒の残骸をとりあげる。


子供の頃、大事にしていたおもちゃが壊れてしまったかのようだった。

悲しさ、寂しさが、胸をぐっと突き上げる。


思った以上に、そのフィギュアに対して、愛着を抱いていたようだ。


『ごめんな』


西洋騎士の破片を集め、リュックサックの中に回収した。

おそらくもう使えないだろうけど。せめてダンジョンの外までは一緒に帰りたかった。




リチチチチ……。


【72%】


『やばいな。もう帰ろう』


魔疲労チェッカーを、リュックサックの中におさめる。


83%→72%。たった一戦で、疲労10%以上の魔法を使ってしまった。


俺は壁にあいた穴を見た。

ぐずぐずしていると、また何かが出てくるかもしれない。


俺は大人しく、来た道を戻り始めた。



帰り道にて。

なすびみたいな形のゴーレムと、泥状スライムなゴーレムと遭遇。


魔疲労を考慮して、物理で討伐に挑む。こん棒でダメージを入れるのは随分と手間のかかる作業だったが、どちらもなんとか倒すことができた。



「ふぅ……」


スライムゴーレムとの泥仕合に勝利したのち、しばらく歩くと前から気配があった。


『魔物……いや』


入口の方から歩いてきたのは、ダンジョンスーツを着た二人組の男。どちらも四十絡みで、どことなく、ドラマや映画で見る刑事のような雰囲気があった。


これから奥へと向かう冒険者だろうか。


だとすれば、言わなければと思った。

地図にない通路が見つかったこと。その穴から、到底Fランクとは思えない魔物が出てきたこと。それらを正直に伝えて、彼らを引き留めなければと考えた。


が、先に口を開いたのは彼らの方だった。


「冒険者の藤堂さんですか?」


「え、と……はい、そうですけど……」


『なんで俺の名前を?』


二人は首のあたりにある紐を引っ張った。

服の下に隠れたネックレスを取り出すかのように、Dスーツの内側から、二人は紐につながった何かを取り出す。その紐の先には、名札がついていた。


「こういう者ですが……ダンジョンの外で、少しお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」


彼らが提示してきた名札には、「全日本ダンジョン連盟」とあった。

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