(Web版 第22話)
倒した魔物がD鉱石を落とすか否かの確率――通称ドロップ率は、ダンジョン内のD子量や魔物によって左右されるらしく、正確な計算式が確立されているわけではないという。
しかし一般的にはD子が多く含まれるダンジョン、そこに棲む厄介な魔物が相手の場合――つまり、より高いランクのダンジョンにおいて、ドロップ率は高くなるそうだ。
「でもね、これには幾つか例外的な要素も発見されているの。そのうちの一つが……」
オーバーボーナス。
魔物を倒す際、必要以上に威力の大きな魔法で倒すことにより、D鉱石のドロップ率が明らかに高くなる現象。
「ほー、そんな現象が。……あっ、だからか」
俺は思い出す。
単独で図書館ダンジョンに潜ったとき。
それから、
うまくコントロールできず、暴発するかのように魔法を使ったタイミングが何度かあった。
どうやらその際に、過剰な威力の魔法を雑魚相手にぶつけることによって、オーバーボーナスが起こる条件を満たしていたらしい。
「でもこのことをダンジョン内で話したら、圭太さん、無理して魔法を使っちゃうかなと思って。それで魔疲労を起こしちゃったりなんかしたら、大変なことになるし……」
「おお、そういうことか」
確かにオーバーボーナスでドロップ率が跳ね上がるのなら、できる限りぶっ放したくはなるよなぁ……。
「悪いな。そこまで気を遣わせて」
「ううん」と美都は首を振った。「でも圭太さんのおかげで、いつもより多くD鉱石をゲットできたのは事実なんだけどね。というか私の方こそ、ちゃっかりおこぼれにあずかっちゃった。ごめんね」
「いや。ダンジョンのインストラクター料だと思って、遠慮なく受け取ってくれ」
「そっか……ふふ、ありがと」
美都はくすぐったそうに笑った。
それから俺たちは、次にいつダンジョンへ行くのかについて話し合った。
美都はしばらく大学とバイトでバタバタするらしく、まとまった時間がとれないらしい。
「日曜日だったら空いてるんだけど、でも土日は他の冒険者も多いからなぁ……」
冒険者が多いダンジョンに潜ると、魔物との遭遇回数が減ったり、不要なトラブルに巻き込まれるリスクがあったりして、探索効率が下がるのだという。
「休日でも人が少ないダンジョンって、ないのか?」
俺は図書館ダンジョンを思い出しながら提案する。
あそこの入口にいたおじいさんは、「とにかくこのダンジョンは不人気で、利用者が少ない」と言っていた。
Fランク以上のダンジョンでは、そういうところはないのだろうか。
すると美都は、ぽんと手を打った。
「あ、そっか。圭太さんの車に乗せてもらえるなら、ちょっと遠くのダンジョンへ行くっていうのもありかも」
「うん。車ならいつでも出せるぞ」
「ありがと。じゃあ幾つか思い当たるダンジョンあるから、調べとくね」
「おう、頼んだ」
そうこうしているうちに、俺の家に到着。
「送ってくれてありがとう」
「おう」
二人して、車を降りる。
「今日は一日、お疲れ様でしたー」
「ああ。じゃあ次は日曜日だな」
「うん」
家の前で見送るとき、俺は話していなかったことをひとつ思い出して、口を開いた。
「あっ、そうだ。うちの庭ダンジョン、いつでも好きなときに使っていいからな」
「えっ?」
「ほら、反転ダンジョンだからレベル上げに使えるだろ? うちなら入場料もかからないし、二人ともがレベル上げをすることで探索効率も上がるだろうし……」
「……そっか、言ってなかったね」
美都は、困ったように眉尻を下げた。
「私の場合、反転ダンジョンだと経験値を得られないの」
「……え?」
「ほら、経験値取得タイプの話したでしょう?」
「ああ、うん」
たしか俺の方はめちゃくちゃ普通なやつで、美都は
「……あっ、そうか」
思い出して俺は、ようやく彼女が言わんとしていることに思い至った。
「そうなの。圭太さんみたいなNNタイプの冒険者は、ダンジョン内のD子に影響を受けて経験値を得ることができる。含まれるD子の組成が特別な反転ダンジョンでも、その恩恵を十分に受けることができるんだ。
でもB0タイプは、ダンジョン内に含まれるD子から直接経験値を取得することができない。経験値を得ようと思ったら、魔物を倒さないといけないわけだけど……」
「反転ダンジョンには、魔物が一切出ない」
「そう。だから残念だけど、B0タイプのレベル上げには使えないんだ」
「そう、だったのか」
ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
てっきり今後は、二人ともが反転ダンジョンでレベル上げをしていけばいいと考えていた。
そもそもうちの穴がダンジョンだと判明したのは美都のおかげなのだし、反転ダンジョンをレベル上げに使ってもらうことで、せめてものお返しができると思っていたのに。
「あはは。圭太さん、そんな暗い顔しないで」
ハッとして、俯いた顔を上げる。
夕陽に照らされた美都の顔には、朗らかな表情が浮かんでいた。
「私が圭太さんの庭にダンジョンが出来たと分かったとき、一番嬉しかったことってなんだと思う?」
「そりゃあ……反転ダンジョンっていう珍しいダンジョンだったことだろ?」
「うーん、それももちろんあるけどね。でも一番嬉しかったのは、別のことだよ」
「?」
首を傾げる俺に、美都は屈託のない笑みを浮かべた。
「庭にダンジョンが出来たことがきっかけで、圭太さんが冒険者に興味を持ってくれるんじゃないかな、ってこと。
もしかしたらこれから一緒に、ダンジョンに潜ってくれるようになるんじゃないかなって。そう思えたことだよ」
『え……』
咄嗟のことで、言葉が出てこなかった。
「だから私に遠慮せず、反転ダンジョンでのレベル上げ、しちゃっていいからね?
もし圭太さんのレベルが上がって、これから魔疲労の心配なく、何度も大きな魔法を扱えるようになったら。
その時は私も、ちゃっかりD鉱石のおこぼれをもらうんだから」
そう言って美都は、快活に笑う。
「私のインストラクター代は安くないぞ。じゃ、またね」
「お、おう……」
美都は自転車に乗って、颯爽と去っていった。
気が付くと俺は、彼女の姿が見えなくなった後もしばらく家の前に突っ立っていた。
「入らなきゃ」
俺はのろのろと、自分の家の中に戻る。
うすうす以前から、勘付いてはいた。
でもそういう気持ちを向けられたとき……どうすればいいのか、本当に分からないのだ。
俺はそういう経験が豊富な方ではないし。それに、やっぱり思ってしまう。
『どうして俺なんかを』って。
盲目になっているのなら、早く目を覚ました方がいいんじゃないかって。
美都とは長い付き合いで、異性としてではなく、人として、大切な存在だと思っている。
だからこそ余計、『俺なんかよりも、もっとふさわしい人が』などと、どうしても考えてしまう。
『とりあえず』
まだぼんやりする頭で、俺は考えた。
『レベル上げ、しよう。次のダンジョン探索までに』
彼女が言ってくれた「泥臭い辛抱強さ」というものが、自分にあるのだとしたら。
それを信じることで、何か得られるものがあるかもしれないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。