(Web版 第20話)
『いらっしゃいませー』
目の前に転がってきたスライムジラーフに、俺はこん棒をぶち当てる。
ボヨッ。
間の抜けた音ともに、手元には、かためのバランスボールを打ったかのような感触が伝わってくる。
打ったスライムはライナー性のあたり。直線的に、鋭くぶっ飛んでいく。
ベチッ。
苔で光る壁に直撃し、そのまま黒い
『おー、すげー飛ぶのな』
別のキリン柄スライムが、間髪入れずに近づいてくる。
今度は左から右へ、裏拳をお見舞いするような感覚でこん棒を振った。
ボヨッ……ベチッ。
安堵する間もなく、3体目のスライム。そいつはすでに、地面に縮こまっていた。
『来るっ』
体が反射的に動いた。
左腕に固定したアームシールドで、体を守る。
ドッ。
『思ったより、重い』
左腕にずっしりとかかる重み。
シールドの中心でしっかりと受けて、押し返す。
ボヨッ。
宙に浮く、無防備な魔物。
こん棒を握る右手の下に、スッと左手を添える。
同時にステップを踏み――フルスイング。
ボヨッッッ…………べチッッ!
ここがバッティングセンターなら、軽快な音楽やサイレンの音が流れてきたかもしれない。
『ホ~ムラン~』
「お疲れさま! 結構いたねー」
離れたところで戦っていた美都が、こちらに駆け寄ってくる。
「えっ、もう全部倒したの?」
「うん。ばっちり」
美都がニコニコ頷く。
美都がいた辺りを見ると、確かにぼよぼよ動いている姿は一匹も残されていない。
「圭太さん、何匹倒した?」
「えっと……7だな、たしか」
「そっか。じゃあ、全部で23匹だったんだ。うわー、大量だったねー」
美都が軽い調子で言う。
23−7=16
『さらっと俺の2倍以上倒してるじゃん……』
さすが、宮陽先輩。
流れるような剣さばきを思い出し、『明らかに場数が違ったなぁ』と素直に尊敬。
23匹も倒したというのに、ドロップしたD鉱石はわずか1つだけだった。
青白い光のもと、目を凝らす。だが何度確認しても、一つは一つだ。
「渋いな……」
クスクスと美都が笑う。
「だいたいこんなもんだよ」
「そうなのか」
Gランクダンジョンに一人で潜ったときは、ほぼ全ての魔物から石をゲットできていたのだが。
拾い上げたD鉱石は、赤く綺麗に光っていたが、小粒だった。
『小さかったら、やっぱり安いんだろうか……?』
気になったが、さすがにそこまで聞くのは恥ずかしかったので口には出さない。
いずれにせよ、後で売却するときに分かるだろう。
「疲れてない?」と美都が俺に尋ねる。
軽くランニングしたくらいの疲労感はあったが、心地いい。
気分も上がってきた。
「おう、大丈夫だ。美都は?」
美都もやる気に満ちた様子で、片手をぐっと握る。
「私もいけるよ。じゃあ、もう少しだけ探索して、帰ろっか」
「了解」
ほどなくして、次の魔物が道の先から現れた。
「あのさ、美都」
「ん?」
「もしかしてここ……スライムばっか出るダンジョンなの?」
美都が屈託なく笑う。
「正解です!」
目の前には、紫に濁った3匹のスライムがいた。
ダンジョンにはそれぞれ、出てくる魔物や得られるD鉱石に偏りがあるという。
冒険者登録必須のFランクダンジョンだけあって、スライムたちは積極的に攻撃を仕掛けてくる。
だが、基本的には単調な体当たりしか繰り出してこないので、魔物との戦闘を実地で学びつつ、討伐による「経験値」も稼ぎたいという初心者にとって、最適なダンジョンだということだ。
紫色のスライムグレープが、ぴょんぴょんと跳ねてくる。
その輪の中に飛び込むと、美都はD子ソードで3匹を瞬殺した。
「ふぅ」
「おー」
俺は思わず手を叩く。
すると彼女は、ハッとした顔で振り返った。
「あ、ごめんなさい! いつものソロの感じで、ぜんぶ倒しちゃった……」
「いいよ、いいよ」
「本当にごめんなさい……」
美都がしょぼーんと謝る。
「じゃあ次のスライムは、俺にもやらせてくれ」
彼女の肩をポンと叩く。
「あっうん……わかった」
美都は照れたような笑みを浮かべ、納得してくれた。
スライムグレープ3匹も、ドロップ鉱石はなし。
俺的には、そっちの方がしょぼーんだ。
さらに探索を続ける。
「でもすごいな」
歩きながら、俺は美都に言った。
「え?」
「美都の剣さばきというか身のこなしというか……尋常じゃないからさ。
これまで相当、戦ってきたんだなと思って」
「ああ、まぁ……ど、どうも。えへへ」
美都がぎこちなく答える。
『ひとのことはよく褒めるのに、褒められるのには弱いんだな』
照れを誤魔化すように、美都は早口で続けた。
「というかね、私、経験値取得タイプが『
ん? なんかまた、知らん単語出てきたな。
「経験値取得タイプ?」
「あっ、うん。圭太さんも、冒険者登録した時に測定されたと思うけど……」
美都が簡単に説明してくれる。
冒険者はダンジョン内で活動することにより、D子への順応度を上げていく。
これを「経験値を取得する」などと表現するが、この取得の仕方には人によってタイプが異なるらしい。
「さっき圭太さん、ステータス測定の結果表、見せてくれたよね」
「ん? ああ」
たしかにダンジョンに入る前、カフェで美都に、ステータス測定の結果が書かれた紙を渡したな。
「後で確認してもらったら分かると思うんだけど、その結果表に、経験値取得タイプも書かれてるんだ。圭太さんは『NN』っていう最も一般的なタイプだったよ」
「それは……いいことなのか?」
「うん。ダンジョン内での活動で、バランスよく経験値が取得できるタイプだからね。例えば今こうして歩いている間にも、体がD子に馴染んでいっているから、順応度が上がってる。
まぁここは低ランクのダンジョンだから、いるだけで得られる経験値はたかが知れてるんだけど」
なるほど。
「美都は違うのか?」
残念そうな顔で、彼女は頷いた。
「そうなんだよー。
私の『B0』っていうタイプは、だいたい8~9人に1人ぐらいの割合でいるって言われてて、『NN』の次に多いタイプだからそう珍しくはないんだけど。
でもこの『B0』タイプは、ただダンジョン内にいるだけじゃ、ほとんど経験値にならないんだよー」
「おー、そうなのか」
なんかちょっと可哀想。筋トレで筋肉がつきやすい人と、そうじゃない人みたいな?
「じゃあ、B0タイプの人はどうやって筋トレ……じゃなくて、レベル上げするんだ?」
「B0タイプはね、とにかく魔物と戦うしかないんだよね。
でもその分、魔物を倒したときに得られる経験値が『NN』よりも多いから、そう悪いことばかりじゃないんだけど……」
「そうか……しかしそりゃまた、難儀なタイプだな」
戦闘でしかレベル上げできないとなった場合、特に不慣れな初心者の段階で、なかなかの苦労を強いられそうだ。
「うん……。B0のBって
あれま。
「だからB0タイプの私は、とにかく経験値得るために戦うしかねぇ!ってことで、これまでスライムみたいな魔物を、斬って斬って斬りまくってきたってわけ。
まぁおかげで嫌でも戦闘には慣れることができたから、結果的には良かったんだけどね」
美都がそういって、肩を竦めた。
それからしばらく歩いたが、魔物には遭遇しなかったので「そろそろ帰ろうか」という話になった。
すると帰り道で、なめくじみたいな紡錘形のスライム2匹に遭遇。
美都は「さっき私がやっちゃったし……」と譲ってくれたけれど、「まぁせっかく二匹いるからな」ということで、一匹ずつ討伐しようと提案。
見た目の気持ち悪さはあったものの、何とか堪えてこん棒で討伐。
だが残念なことに、D鉱石はノードロップだった(´・ω・`)
その後はこれといった魔物に遭遇することもなく。
しかしダンジョンの入口が近づいてくると、何人かの冒険者とすれ違った。
ワイシャツ姿の中年男性。大学生の男子二人組。
今日のような平日の場合、夕方ぐらいから少しずつ冒険者が増えてくるようだ。
すれ違う男性は、もれなく美都に視線を向けてくる。
『おい、必要以上にじろじろ見るな』とどうしても思ってしまい、会釈ついでに睨みつけてしまう。
いやまぁ、俺もその男たちのことを言えた義理ではないと分かってはいるのだが……。
こうして美都との初ダンジョン探索は、大きなトラブルもなく、無事終了した。
「お疲れ様でした」
係の人から、冒険者登録カードを返却してもらう。
「ありがとうございます」
美都と二人で礼を言って、それを受け取った。
「じゃあちょっと着替えてくるね」
「おう」
美都は小さく手を振って、ロッカールームへと向かった。
『結構、汗かいてるな』
ダンジョンスーツを脱ぎ、元の服に着替える。
それから全ての荷物を回収して、これからダンジョンに潜るらしき男たちがいるロッカールームを後にした。
「お待たせー」
「おう」
大きなリュックを背負った美都が、ロッカールームから出てくる。
彼女はダンジョンに入る前とは違って、紺地に淡い水色のラインが入ったおしゃれなジャージに着替えていた。部屋着感、可愛い。
「着替え持ってきてたんだ」
「うん。いつもかばんの中に入れてるんだ」
「準備いいな」
「いつダンジョンに潜るか分からないからね」
「なるほど」
いつダンジョンに潜るか分からないとは?
「じゃ、先に済ませちゃおうか」と美都が言う。
「おう。
・・・…あ、すまん。何を?」
美都がクスッと笑う。
「D鉱石の売却手続きだよー」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【読者の皆様へ】
お読みいただいているエピソードは「Web版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。
「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【書籍版(新連載版)】でお読みいただけます。
そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【書籍版・第一話】の方に移動されてください。
繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。
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