『一方その頃』
『これより第4回対転移者緊急対策会議を開催する。司会は私、兵器部門統括部長、アルモンドが進行させて頂く』
ホワイトエンドミル社本社。それは太平洋上空に存在する浮遊要塞。であったのは過去の話であり、太平洋が瓦礫山で覆い尽くされた今となっては浮遊とは呼べない。海の中に転移物が押し込まれたお陰で瓦礫山の高度は比較的低く。その中心にビルの群れはあった。
『報告。第三日本支部壊滅。位相差保持回路は全機機能停止、防衛機構も崩壊。残った資源や人員は既に第二日本支部へ移送済みです。及びハッキングの経路を辿り転換砲を射撃した転移者、メインサーバーとメインハッカーに対して転換砲を発射しました』
『担当者は廃棄したか?』
『はい。全てのフォントに例のネズミが埋め込まれていたため既定時刻経過後に射殺しました。ただし時間制限のためあくまで割り出せたのは居場所のみ、会話内容の変換は間に合わないという結果です』
『実行犯は?』
『行方をくらませ移動を続けています。3地点と異なり座標の確度が低く、命中率も限られるため採算が合わないと判断しました』
本社の一室。一軒家なら丸ごと入りかねない敷地に何十メートルと上に存在する天井。盗聴対策に何重にも強化された銀色の壁と幾つものモニター、そして無数に伸びる細いケーブル。ここに彼らはいない。本体は外でありここにあるのは生身の肉体だった時の映像だけである。内部はうすら寒い空気に包まれていた。
中心には2人の男が立っている。一人はスーツを着た、憔悴した様子の中級個体。第三日本支部セキュリティ部門担当者であり、名無しのハッカーに好き勝手出し抜かれてしまった男である。そしてその横には田中太郎と戦った上級個体の姿があった。
『まだ連続的時間線体崩壊現象には時間がかかる。あと300年はかかるというのにこのような暴挙を許すとは何たる失態だ』
『転移者を減らすことはできないのか?』
『時間線体に最も影響を与えるのが人間だ。修正力による発電を考慮すると市街地に対し位相差保持回路を起動するのが最高率だと結論が出ている』
『つまり問題は我々ではなく第三日本支部の治安管理能力だということだな。私の管理地区でも強化を行う必要があるだろう』
暗い部屋で14のモニターが口々に二人を責め立てる。理由は勿論責任転嫁。ホワイトエンドミル社役員会のメンバーである彼らは支部の監督責任を負っている。だからまずは自身らの方針・監督の問題ではないという事を示す必要がある。監督を十分に行ったが現場の暴走と腐敗でどうにもならなかった、と言いたいのだ。
あまりにも無駄な時間ダ、と上級個体は毒付く。どこまで行ってもこの会話は責任を彼ら二人に押し付け処刑して終わるという物になる。そして支部側の負担だけが増える現状を顧みない方策が発表されさらに衰退していくのだ。もはや支部の維持で手一杯の現状を無視するその姿勢に既にうんざりしていた。あと有給申請を却下するそのスタイルにも。
廃棄するなら早くしてくれ、と上級個体は画面に映る役員たちを睨む。廃棄してくれと言いながらこの茶番に付き合う自分の奴隷根性に苦笑いしながら。その望みに答えてくれたのか話はとんとん拍子にまとまり、数十分もしないうちに終わりが近づいていた。
『テイラー君の非時間依存型独立情報保存は有機補助脳による演算停止に伴い中止とする。演算が完了した者はどれくらいいる?』
『私含め役員の半数と言う所だ。非時間依存領域への侵入に必要な瞬間的位相変位の演算がやはりネックだな。保存する情報によりアクセス方法が変化するため同じ人間でも再演算が必要になる』
『転移者を塩に変えて発電するという手法は見事だった。お陰で演算の為に必要な電力を保電溶液を介し送ることが出来る』
『雑談はさておき、第三日本支部についての処理を最終決定する。区画はテイラー君を含め破棄する。また各支部の転移者狩りについてノルマと罰則を大幅に強化する。そして生存者の中の最高責任者二人は』
役員の続く言葉が廃棄である、と上級個体は確信していた。しかしそれを歪める言葉が隣の眼鏡をかけた中級個体、セキュリティ担当から出てきた。その言葉を聞き上級個体は危うく吹き出しそうになる。
「お待ちください。この情報をお話しする必要があります。……『†最後の英雄†』についてです。情報規制AAAランク、脅威度暫定S、社の存続を脅かす戦士。転移者の希望そのもの。今回の全ては彼が主導しています。言い換えれば彼さえ討伐できれば全て解決します」
流石の上級個体も気づいている。あの田中太郎という男は恐らく『†最後の英雄†』とはかけ離れた人間だ。戦闘経験のない、戦士でもなければ情報規制もされていないただの少年だと。言葉の端々からそれを理解して、でも可哀想なので黙っておいてあげたその設定。
二人は意図的にこの情報を漏らしていない。上級個体は彼を再び刺激することでまた面倒が起こらないようにするためである。しかし一方で中級個体にとっては異なる。田中太郎の情報は己が生き残るための鍵なのだ。とてつもない化け物がいたせいであり自身達の落ち度があったわけではないと言い訳するための。
モニターの役員達は怪訝な表情をする。彼らはこの情報を得られていない。正確には顔や人数のデータだけは得られている。だが上級個体が出し渋った戦闘データや彼らの詳細は破損しており修復中という報告を受けたままで止まっていた。そしてそれが如何なる相手であろうと罰則とノルマを設定すればホワイトエンドミル社ならどうにでもなる、と楽観し放置していたのだ。あくまで何度も繰り返された会議は第三日本支部の現場側に問題があると結論付けるためのものであるが故に。
『逃走し行方をくらませた実行犯のことか、データは修復できたのだな。その表現だと戦闘要員は一人か。……一人だと、そんなことがあるのか?』
『我々本社のデータベースに無いぞ。そのレベルの脅威判定を受けた戦士は第4次企業群戦争のエースオブエース、『不沈』以外に存在しない。それになんだその微妙な文章は。本来もっと脅威を喧伝する文言が付いているはずだ。社の存続を脅かす戦士とは、小学生でもそんな雑な書き方をしないぞ』
中級個体が目くばせする。その動きでようやく彼が何をしたいのか分かり、上級個体は黙り込む。本来の思惑と異なるがしかし転移者狩りを強要されさらに苦しむ社員の事を考えると乗らざるをえなかった。あいつには酷い目にあって欲しいという意趣返しも込めて、上級個体は面倒ごとを避けて提出していなかった音声を抜いた戦闘データを映し出す。
「恐らく第三日本支部データベース管理担当の前任者が秘匿したのでしょウ。私も出会い衝撃でしタ。禁忌兵装を軽々使いこなシ、しかもまだまだ余裕があっタ。田中太郎、日本語版のジョン・ドゥすなわち名無しを名乗っていまス。本来は高名な戦士だったのかト」
『禁忌兵装だと! ラテラノ第1種軍縮条約を忘れたのか!』
『冗談じゃない、以前の本社襲撃犯と同じ可能性もあるのではないか?』
モニターから響く声の語気が荒ぶる中、パンイチ乳首絆創膏の変質者が会議室の中心に映し出される。空気が完全に凍りつくがそれはそうだ。世界の覇権を握り3000年の歴史を壊そうとする組織の最上位が集まる場所で流れてよい物ではない。だがその空気もすぐ支社の警備をパンイチ乳首絆創膏で潜り抜けているという事実で上書きされる。
そのまま転換砲、禁忌兵装の装着、そして戦闘と続き画面が途切れる。「これを直談判したかったのでス」と上級個体は周囲を見渡した。役員達はその戦闘力の高さと変態度合いに衝撃を受けている。もう何とでもなれという感じで若干投げやり気味に上級個体は手を掲げた。
「『†最後の英雄†』は転移者達の希望の星でス。必ず逆流に耐えうる位相差保持回路がある本社を襲撃してきまス」
『かつての男のようにか』
「だからこそ支社のノルマと罰則を強化するよりも本社の防衛を固める事こそが優先でス」
沈黙が続く。これで罰則はなくなり本社住まいのエリートたちが苦しむだけになる、とほくそ笑む。それに警戒網を越えてここにたどり着くのは不可能だ。それこそ噂だけは存在する、鎧装連合の例の装置でも使わない限りは。モニターの向こうで内容を彼らが話し合い、そして結論が出る。
『確かに恐ろしい男だ、『†最後の英雄†』。本社の警備を固める方針に変更する。支社にも気取られるような動きはさせるな』
計画通り、と中級個体と上級個体は見つめあう。意思が通じ合った瞬間である。戦場を乗り越えこの会議を潜り抜けた戦友同士の、熱い眼差しであった。
『それに伴い君の降格を取り消す。最高位執行者として復帰し本社防衛に努めてもらうこととする。あ、セキュリティ担当は廃棄で』
一瞬で眼差しは絶望と諦めに濁る。何事も思い通りにはいかないものだ、と二人は項垂れた。
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『有機補助脳』
空に浮かぶ脳はその中心に通常サイズのものが存在する。それを拡張し数多の演算を可能とする外付け装置としてこれが使われている。精度が必要なため数多の工数がかかるが原料自体は比較的安価である。因みに原料は樹脂:人肉の比率が6:4。
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