『転換砲』

 あれから約48時間ほど経過し、俺達は無事にホワイトエンドミル社からの逃走に成功していた。全裸で走ったその記憶は思い出したくもない。唯一の救いはブルーが脱出用に飛翔空機を用意してくれていて、全裸時間は比較的短かったことくらいだろう。


 ブブブブ、という圧縮空気を排出する音と共に飛翔空機が瓦礫山の間をすり抜ける。飛翔空機はその名の通り空を飛ぶホバークラフトのような装置だ。大きさは軽自動車より一回り小さい程度であり、微振動相殺翼が時たま異様な音を立てて震え姿勢を安定させる。それは翼というよりは幾重にも枝分かれした灰色のパイプ管であった。だがその表面も少しづつ塩雨により溶け始めている。


「少し瓦礫山の上に上がってみましょうか。最短距離で追跡してきている人造人間がいれば視認できるはずです」


 飛翔空機は2人乗りであり、前の操縦席に座ったブルーが上を指さす。搭乗者を守るキャノピーを容赦なく塩雨が叩き続けていた。そのため禁忌兵装を脱いだ俺の視界に瓦礫山の頂点は見えず、まあとりあえず頷いておく。


 因みに今の服装は以前来ていたベルト塗れのツナギである。俺が支社の前で脱いでいたのを再度着たのだ。流石の掲示板の極悪人共も追手を振り切ったら安価達成とみなしてくれていた。


「…………」

「…………」


 機内に微妙な空気が漂う。原因は言うまでも無くブルーの発言とそれに過剰反応した掲示板の野次馬共のせいだ。発言だけ抜き出せば別にそこまで恋愛的な意味は多くはない。だが状況も相まって微妙な重さも混じり野次馬の発言を即座に否定しにくい状況になっていた。名無しのチンパンジーと共に過去の、死の危険も無い世界で摩耗を治療しながら幸せに生きる。その選択肢を捨てているという状況がちょっとね……。


 多分ブルー自身の行動も発言もそこまで熟慮した結果ではないはずだ。そんなに時間無かったし。だからあくまで感謝を伝えるにとどめ、恋愛面の可能性には封をすべきである。深読みしすぎだ。


『ブルーちゃんとパンイチ乳首絆創膏のSS、2万字書きました。現パロ純愛ものR17表現アリです』

『でかした』

『パンイチ乳首絆創膏が漢気ありすぎて少し解釈違いです』

『でもこの重さは解釈一致』


 ……それを許さないのがこの掲示板の皆様だ。野次馬根性の塊のような彼らは徹底的にこちらをネタにしてくる。なんだよ2万字って摩耗している人間の文字数じゃねえぞ。それにナマモノは取扱注意って二次創作界隈で学ばなかったのかお前ら。


「……」


 そう、俺はこいつらのせいで洗脳されつつあるのだ。事実より先にその情報が拡散してて「好きだったかも」と勘違いしかけている状態。外から見る分には楽しいんだろうけどね!


 沈黙が続く飛翔空機が上昇していく。その最中、急にブルーがこちらを振り向く。彼女は少し怒ったような照れたようなそのどちらとも判別がつかない表情で俺の頬をつついた。


「帰らなかったのを後悔はしていません。それにあなたと一緒に過去に行けば時代が近い以上必ず再会できます。転移方法も分かり相手の弱体化も確認できた今、私の行動は重くはありません。ええ。間違いなく。確実に」


 それはブルー自身に言い聞かせるような言葉だった。掲示板で色々言われたのを気にしてるのだろう。うんそうだ、気にする必要はない。戦友として帰路を手伝ってくれるだけの、素晴らしい仲間だ。そうに違いない!


『チンパンジー製とはいえ下級個体がホワイトエンドミル社乗り込むの、自殺行為なのは変わっていない件』

『摩耗を治すというのが行動の最高順位なら重篤な患者である名無しのチンパンジーさんのために迷いなく転移するはずなんですよね。つまり答えはもう出てるってわけ』

『やっぱどこが転換点なのか気になりますね。私的には救出作戦でのサポート中に母性をくすぐられたに一票』

『いや、パンイチ乳首絆創膏による気合いの前進じゃね? あれカッコよかったじゃん、見た目を除けば』

『シンプルに男の裸見て意識した説ない?』

「静かにしてください掲示板の皆さん!」


 だが掲示板の騒がしさは冷めずブルーが顔を真っ赤にして怒り出す。この件について触れると更に色々とこじれそうなので一旦何も聞かなかったことにし、改めて外を見る。


 紫色の脳があった。テイラーとか呼ばれていた直径数kmの、ホワイトエンドミル社第三日本支部の真上に存在しているものだ。それはこの2日のうちにすっかり変色し時たまであるがぼろり、と何かが落下している。グロテスクすぎてあまり直視したくない光景であった。


「保電溶液が失われて維持できなくなったんです」

「結局あの脳は何だったんだ?」

「何故あんな巨大な脳にする必要があったのか、私は全く知りません。賢くなりたかったのでしょうか」

「あれだけ脳が大きければ東大も余裕だな」


 そんな話をしているうちに機体はぐんぐんと上昇しついに瓦礫山の頂点に辿り着く。塩雨が降り注ぐ中、無数の瓦礫の山だけが続く虚無の大地が広がっていた。唯一見えるテイラーだけが辛うじて自己主張をしている。


 ブルーが何やら探索しているが追手もどうやらいなさそうである。少し一安心し、胸を撫でおろす。



 白い閃光が遠くに見えた。


 その光は真っすぐ瓦礫山のふもとに直進し、衝突する。その瞬間瓦礫山が膨れ上がり、ここからでも目を覆いたくなるほどの輝きに包まれた。そして輝きを飲み込むように3つの瓦礫山がまとめてはじけ飛ぶ。


 遅れてくる轟音と、100km近くは離れているはずなのに近くに飛んでくる破片。禁忌兵装を部分的に起動し爆心地に目を凝らすと悲惨な姿が映っていた。詰みあがる無数の白い廃塩とそれ以外の何もかもが消失した大地。その範囲は大きな街を軽く飲み込むほどだ。


「転換砲……?」


 ブルーが震える声で呟く。それを聞き返す間もなく先ほどよりもはるか遠くに1発2発と光が差し込み消し飛んでいく。もしあそこに人がいればどうなったのだろう。2028年の市街地で撃てば一撃で行方不明者100万を軽く超えていたのは間違いない。そう、塩になった以上死んだかどうかの確認も困難だ。行方不明としか表現ができない。


 慌てて掲示板を見る。しかしサーバーエラーの表示と共に一切が動かなくなっていた。ブルーが勢いよく飛翔空機を瓦礫山の谷間に向かわせ、射線を切る。しかし4発目は発射されず、数分の沈黙の後端末からコールが鳴り響いた。


『掲示板復旧しましたわ!』

「早い、流石ネット廃人!」

『ブルーちゃんとパンイチ乳首絆創膏のSS第3弾を見逃したままではいられないのですわ!』

「やっぱクソ!」


 揺れる機体の中で掲示板の管理者である名無しの令嬢からメッセージが届く。この緊急事態にやるべきではないアホな会話をした後、至極真面目な文体で彼女からメッセージが届いた。その文章を読み上げ、ブルーと共に難しい表情となる。


『対象は私のサーバー、権兵衛、ハッカーの3人ですわね。逆探知されて本社の転換砲で狙撃されましたわ。今は予備サーバーで通信を行っていますが質が悪く今まで通りのサポートは難しいでしょう。ホワイトエンドミル社襲撃の成功率は大きく下がりましたわ』

「まずいなそれは……。権兵衛達は転移者だから大丈夫だとして、掲示板の手助けが弱まるのは辛い」

『ええ。そこで鎧装連合残党に接触し非距離依存式第7世代反応塔を回収して欲しいのですわ』


 ……何ソレ?



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『転換砲』

効果範囲内を異塩変換反応により廃塩に変換する。仮に耐性のある素材があったとしても生成された電流による熱で全て融解させる。射程が極めて長大かつ、環境に与える被害が極めて大きい。原則として撃ち込まれた区画は人が住めなくなり、植物なども生えなくなる。範囲は小さな町一つ程度であり、その威力制御の容易さから人道的な兵器であると、ホワイトエンドミル社は主張している。禁忌兵装はこれを単騎で破壊するための武装である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る