第37話
竜神官の試練の中で、特に命を落とすケースが多いのが、第一階梯の試練と、第五階梯の試練だ。
第一階梯の試練は竜神官ですらない幼少の時に挑み、半数とまでは言わないが、それに近い数が命を落とす。
但しこれに関しては、いと高き場所では試練を受けずとも、そもそも子供の生存が難しい場所である事も、無関係では決してない。
前世の僕が生きた世界のように、子供が無事に成長し易い環境ではないのだ。
尤も、僕はあの世界で、高度な治療を施されても尚、大人にはなれなかったのだけれども。
第五階梯の試練は純粋に強敵であるワイバーンに挑む為、勝利は難しく、負ければ喰われて命を落とす。
またそれ以降の試練は、そもそも第五階梯を越えて挑めるものが少ないから、別格扱いとなる。
つまりその試練に臨むのが弱い子供であるからこそ危険なのが第一階梯で、純粋に試練の難易度が高いのが第五階梯と言えるだろう。
けれども、その二つは確かに危険だったが、オレがこれまで越えてきた試練の中で、もう二度と受けたくないと思うのは、第一階梯でも第五階梯でもなく、第三階梯の試練だった。
第三階梯の試練は、命を落とす危険は、他の試練に比べれば低く、更に失敗しても何度も再挑戦が可能だ。
更に、それを乗り越えて得られる加護は非常に有用で、高い防御力を誇る竜鱗を全身に纏えるようになる。
これの有無で魔物と戦う際の危険は大きく変わるのだから、第二階梯を乗り越えた竜神官の殆どが第三階梯に挑む。
竜鱗の加護を得るまで、何度も、何度も。
そして無事に、或いは漸く突破できたなら、安堵と共にもう二度と受けたくないと溢す。
後に続く事になる若い竜神官への、多大な憐れみを籠めて。
そう、第三階梯の試練とは、苦痛の試練だった。
いや、正しくは苦痛を拒絶する試練というべきか。
そのやり方が確立されるまでは、第三階梯の試練も危険は少なくなかったらしい。
魔物と戦い、その爪牙を身に浴びる事で、危険や苦痛を遠ざける為の加護、竜鱗を欲して発現する。
何十、何百と魔物との戦いを繰り返す間に、自然と竜鱗を得るか、或いは死ぬかという試練だった時期もあったという。
但し危険を伴わずとも、強い苦痛を拒絶する事で竜鱗を得られるとわかってからは、安全の為にそちらが主流になっていった。
それが多大な苦痛を齎すとしても、死の危険を減らして竜神官の階梯を上げられるなら、竜を崇める民にとっては有益だったから。
今の第三階梯の試練は、まずは熱した串を、拘束した竜神官に刺すところから始まる。
当然ながら急所は避けて刺されるが、その苦痛は凄まじい。
数本差せばそれを引き抜き、今度は薬液と、癒しの術による治療が施されるのだが、薬液は沁みるし、ゆっくりと効いてくる治癒の過程は痒みを伴い、竜神官の感覚は研ぎ澄まされてしまう。
そこに再び、熱した串が捻じ込まれるのだ。
竜鱗を発現して刺される串を弾き折るか、気を失うまでそれは続く。
激しい苦痛に負けずに心の底から拒絶して、それを遠ざける竜鱗を得れば試練は達成で、気を失えば残念ながら失敗だ。
失敗した竜神官は、体力が回復した後に、再び第三階梯の試練を受ける事となる。
どんな竜神官も、この試練を厭うのは当然だろう。
我慢強ければ、より多くの苦痛を感じなければそれを拒絶する竜鱗は発現しないし、苦痛に弱ければ気を失って、何度も試練を受ける羽目になるのだから。
生まれた時より竜鱗を備えているという竜人は、実に妬ましい存在だった。
ただそんな苦痛を必要とするのも、この身が竜ではないからだ。
竜へと至れば、そんな苦痛は必要なく、絶対的に強く在れる。
もちろん竜にも強弱はあり、幼い竜から年経た竜、ヌシのような大物まで色々と違いがあるのは知ってるけれど、まずは竜に至る事が何よりも肝心だろう。
竜の中での強弱は、竜になってから考えて、更に上を目指せばいい。
オレが第三階梯の試練を受けた時は、そんな事ばかり考えていたように思う。
確か十歳の冬の頃だ。
第三階梯の試練は幾人もの人手を必要とするから、時間の取り易い冬に行われる事が多い。
幸いにも、オレは一度でその試練を乗り越えたが、それでも竜鱗の発現には丸一日必要とした。
我慢強いのも善し悪しだと、長には笑われてしまったけれど、あの時はとてもじゃないが笑い返す余裕なんてなかったから。
本当に、何度思い返しても、第三階梯の試練だけは、もう二度と受けたくない。
「ざ、ザイド、アタシ、大丈夫かな?」
顔を蒼褪めさせて問うアメナに、オレは言葉を返せなかった。
何故なら、彼女は大丈夫だと勇気づけて欲しいのだろうけれど、自分の経験を振り返ってみれば、何も大丈夫じゃなかったからだ。
秋、第二階梯の試練を乗り越えたアメナは、この冬、第三階梯の試練に挑む。
御山に踏み入る仕事も、鉤爪を得ただけでは麓付近での活動が精一杯だが、竜鱗を得ればその範囲も大きく広がる。
顎の谷の集落としても、アメナが第三階梯の試練をこの冬で越えるか否かは、それなりに大きな違いだった。
だから、もしオレに口にできる言葉があるとするなら、頑張れと励ますくらいだろうか。
安易な慰めは、試練が始まればすぐに無意味になると、身をもって知ってるし。
こればかりは、本当に哀れに思う。
ジャミールやレイラ、長や、集落の英雄と呼ばれるラシャドだって、これに関しては同じ反応をする筈だ。
ただ、恐らく他の竜神官達もそうなのだけれど、自分も経験したんだから、後進達も経験しておけと、心のどこかで思ってしまう。
単なる悪習なら消えてなくしてしまうべきだが、魔物に噛まれて命を危険に晒すよりは、まだしもマシな試練で、得られる加護は本当に有用だからと。
未だ竜ならざるこの身は、心も些か小さいのかもしれない。
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