いつか竜へと続く道
らる鳥
第1話
この道が、目指す何かに続いてる。
そう強く信じられたなら、どれ程に楽しく幸せだろうか。
己を疑わずにその道を歩み続け、どんなに壮大な夢だって叶うのだろう。
でも僕にはもう、道を歩める力がない。
自分の道が、どこにも続いていないと、理解してしまっているから。
足は動かず、目も見えず、こうして暗闇の中で、怯えながらその時を待ってる。
ピッ、ピッ、ピッ、……と、電子音が続く。
とても耳障りな音だけれど、それは僕の命の音だった。
もちろんそれを鳴らしてるのは、僕には見えないけれど、何らかの機械であるのだろう。
けれども、もうどのくらい前だったかもわからないけれど、視力を失ってしまって身体も動かせない僕には、その音と痛みと思考だけが、自らの生を認識する手段だから。
でもそれも、後どのくらいの時間、そうしていられるのか。
命の終わりは、刻一刻と近づいてる。
誰だってそうなのだろうけれど、僕の場合はそれが顕著だ。
これまで十四年生きてきて、でも十五年目は、恐らく迎えられない。
幼い頃から、身体は弱かった。
本当に小さな頃は、外を走り回れたそうだけれど、そんな記憶は僕には残ってない。
そんな僕の楽しみと言えば、以前はスマートフォンでweb小説を読む事だった。
特に好みだったのは、異世界に転生して大活躍をする話。
そんな話があるなら僕にだって、……って、少しだけでも思えたから。
でもその手の小説によく出てくる神様は嫌いだ。
だって神様がいるなら、僕は何で、こんなでなきゃならない?
家族はこんな僕を哀れんで、何とかしたくて、怪しげな宗教に嵌まった。
そして次第に僕よりも、その宗教が与えてくれる救いとやらが大切になって、先のない僕の事なんて忘れてしまった。
だから僕は神様なんて大嫌いだ。
あぁ、僕だけが不幸な訳じゃない事くらい、わかってる。
世界には、もっと幼い頃に食べものにも事欠き、飢えて死ぬ子だっているという。
病院で治療を……、いや、延命を受けて生きてる僕は、まだ恵まれているのだと。
だけど、そんな事はどうでもいい。
どこの誰かと比べてどうとか、そんな話じゃない。
僕は生きたい、生きたかった。
色んな物を見て、食べて、走って、怪我して、恋もして。
でも僕には何にもなくて、もうすぐ終わる。
目が見えなくなると、唯一の娯楽だったweb小説も見れなくなってしまう。
碌に動けもしないし、寝たきりだ。
だから沢山、考えた。
最初は、次の生があるなら、エルフやハイエルフといった長命の種族に生まれたいと思った。
普通の人間よりもずっと長く生きれるって、どれ程に素晴らしいのだろうかと。
しかし次第にその考えも変わって行く。
何故ならエルフやハイエルフだって、怪我をすれば多分死ぬ。
不幸はどんな時に襲ってくるかわからない。
今の僕が不幸なように。
だったらもっと強い生き物がいい。
誰よりも、何よりも、強くて、自由な生き物が。
そして僕が強く憧れ、なりたいと願うのが、竜だった。
天高く空を飛び、悠久の時を生きる、雄大で最強の存在。
別の呼び方をするならば、ドラゴン。
空想上の存在だけれど、読んだ小説の多くでは、圧倒的な質感を伴って僕の感性を鷲掴みにしてきた。
やられ役として登場する時ですら、誰もが知る圧倒的な強者だからこそ、主役を他のどんな存在よりも引き立たせるのだ。
竜が登場するだけで、僕は心を、或いは魂を揺さぶられる。
ずっと過ごしてる病室にまで取り寄せて貰った本の表紙に描かれた、竜が佇むイラストは、僕の想像力に翼をくれた。
その日の夢で僕は竜になり、見知らぬ大空を飛んでいた。
……今はもう、その本のイラストも見れはしないけれども。
もし僕が竜ならば、こんな苦しみとも、無力感とも、恐怖とだって無縁だっただろう。
身に降りかかる苦難を、自らの強大な力で打ち砕き、世界の主として君臨する。
別に誰かを支配する必要なんてない。
竜は誰もが知る最強だからこそ、誰とも無関係であったとしても世界の主だ。
嵐も、地震も、雷も、大自然の力だって、竜を害せやしない。
竜に比べれば全てがちっぽけだから。
僕は竜になりたい。
のしのしと地を歩き、その翼で大空を飛び、気紛れな咆哮にすら皆が隠れてしまうような、圧倒的な存在に。
馬鹿げた妄想だと、自分でも分かってる。
でもそれを熱望するくらいしか、今の僕にはもう。する事がなかった。
不意に、苦しさが大きく増す。
あぁ、興奮し過ぎたのだろうか。
怖い。駄目だ。
まだ死にたくない。
生きてたって出来る事なんて何もないけれど、死にたくない。
だって死んでも、竜に生まれ変われる保証はなかった。
いやそもそも、そんな事がある筈もない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
竜になって飛んで行きたい。
死にたくない。
苦しい、もう嫌だ。
何で僕ばかり。
だけどもう、きっともたない。
次の瞬間にでも、僕の命は消えてもおかしくない。
いや、もう本当に、幾許もなく消えてしまうだろう。
この苦痛の波は、僕を打ち砕く死の波だ。
最後の力を振り絞り、僕は指を動かし、拳を握る。
本当に握れているんだろうか。
いやもう、見えないし感覚がないからわからないけれど、それでもこのままじゃ嫌で、何かを掴みたくて。
僕の精一杯で、拳を握った。
死後の世界なんて、あるのかどうかもわからないし、ましてや転生なんて、多分きっと嘘っぱちだろうけれども。
僕はそれでも竜になる。
そう思うしか、もう縋れるものなんて何もない。
自分が消えてしまうと思うより、竜になりたいって言い続けて死の瞬間を迎える方が、爪の先程はマシな筈だから。
ピーッと長く続く電子音が、僕の命が終わった事を告げる音を聞きながら、意識の欠片が消えてしまうその間際まで、僕は竜を想い続けた。
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