魔法学園の巫女
雲湖淵虚無蔵
1章前編 我ら魔法学園退学同盟
1章1-1 入学編
1-1 クラス発表
魔法世紀116年 4月7日 月曜日
人類が魔法を手に入れてから116年が経つ。
魔法は人間の能力を向上させたり、様々な現象を起こす技術であり、人類の発展に大きく貢献していた。街を行き交う自動車や誰もが使う携帯電話、コンピュータにも魔法技術が用いられている。
魔法の教育に力を入れるため、日本のサイタマ市には広大な魔法学園都市が築かれた。その魔法学園都市の中核をなすのが、国内有数の魔法教育機関『国立サイタマ魔法学園』。本日、国立サイタマ魔法学園高等部の入学式が行われる。
四月の透き通るような青空の日。
学園の校門へと続く桜並木の道を二人の新入生の少女たちが歩いていた。一人は控えめで気の弱そうな白髪の少女で、もう一人はお淑やかでおっとりとした金髪の少女だった。
気の弱そうな少女の名前は
彼女はなんとか試験に受かって魔法学園高等部に入学したものの、使える魔法は憑依魔法だけという劣等生だ。
憑依魔法とは霊を呼び出し、自身に憑依させ、その霊の持つ能力を使用する魔法である。憑依魔法の才能を持つ者は巫女として魔法世紀以前から活躍しているが、魔法能力を持つ者が増えた魔法世紀においては特別優れた能力ではなかった。
優子の隣を歩く金髪青眼の容姿端麗な少女は
「優ちゃん。緊張してるんですか?」
アリスが春風に金色の髪を揺らしながら、肩を強張らせている優子に訪ねた。
「……うん。ちょっとだけ」
小中学校は地元で、周りの人たちが変わらなかったけど、高校からはガラッと変わる。知っている人はアリスだけだ。人見知りで引っ込み思案な優子は不安で緊張していた。
「リボンが緩んでますよ」
アリスが優子の制服のリボンを結び直してくれる。なんだか首輪をつけてくれているみたいで優子は嬉しくなった。優子はアリスを崇拝しているドMだ。
「……あっ」
キツめにリボンを結ばれて声を洩らしてしまう。アリスが意地悪く顔を覗き込んでくるから優子は目を逸らした。アリスは読心魔法が使えるから優子のことはなんでもお見通しだ。彼女には優子を弄んで悦ぶ加虐趣味がある。そもそも優子がこうなったのもアリスの習慣的な揶揄いもとい調教のせいだ。
「はい、これでよし。同じクラスになれるといいですね」
「……無理だよ、わたしの成績悪いから。アリスはきっと1組だろうし」
魔法学園のクラスは成績で決まる。クラスは12組まであって、数字が小さい方が成績の良い生徒が入るクラスだ。
アリスのような天才は間違いなく1組だろう。優子は憑依魔法しかできない凡才なので、まずエリートクラスの1組には入れない。
並木道をしばらく行くと校門と警備の関所が見えた。
関所で生徒手帳を見せて学園に入る。その際、学園の外にいる時とは違う空気を優子は感じた。
「結界だ」
学園の周囲には目には見えない魔法の壁『結界』があり、外部からの敵の侵入を阻んでいるのだ。
結界に関して一家言ある巫女の優子は違和感を感じた。なんとなくだが、閉塞感がある。
「なんだかこの結界変じゃない?」
「結界? わたしは感知できてませんよ」
高度な結界は結界があることすら感知することができないという。アリスや他の生徒や関所の警備員は何も違和感を感じていないようだ。世界でも有数の魔法学園の結界ともなれば常人には理解できない仕組みがあるのだろうと優子は納得しておく。
学園の敷地に入ると先程まで桜の木で隠れていた視界が開ける。
空には魔法学園都市を守る結界の魔法陣が広がっていた。半透明の巨大な円状の魔法陣は何層にも重なり、はるか上空へと続いている。眼前には5階建ての校舎と高層マンションが聳えていた。
左右を見れば広大な学園の敷地を覆う塀が果てしなく伸びている。サイタマスーパーアリーナ6個分もある学園の敷地の中には初等部、中等部、高等部の校舎の他に、10階建ての寮や図書館などの施設が揃っていた。
「こんなすごいところでわたしが魔法の勉強をしてもいいのかな」
「もっと自信を持ってください。優ちゃんがすごいこと、わたしは知ってますから」
「う、うん、がんばるよ」
アリスに励まされながら高等部の校舎へと向かうと、なんだか高校というよりも大学然とした煉瓦造りの西洋建築が出迎えた。間違って大学に来てしまったのではないかと錯覚する。
「このレトロな建物は魔法の授業で使う魔法館ですよ」
アリスが入学案内を見て説明する。
高等部には他にも建物がいくつかあり、授業、クラス活動、部活、寮のそれぞれで使い分けている。
一学年にそれぞれ一棟与えられた普通の高校と同じオーソドックスなデザインの校舎にはクラスの教室があり、近未来的なデザインのマンションは寮だ。
入学式は魔法館の講堂で、クラス発表は一年生の教室がある第一校舎の昇降口で行われる。
ちょうど第一校舎の昇降口に人だかりがあることに優子は気がついた。もうクラス発表が始まっているようだ。
人だかりをなんとか潜り抜けて、張り出されたクラス発表の用紙を確認しに行く。
高等部の人数は約1000人。一学年で約300人。一クラスの人数は20〜30人で、クラスは12組まである。
優子はアリスと同じクラスであることを祈りながら一番後ろの12組から名前を探していく。
そんなまどろっこしいやり方をしばらく続けて、2組まで確認し終えた。
「2組にもアリスとわたしの名前がない。ということは二人とも1組だ!」
もう探すまでもないが、1組の名前を見ていく。名前で席順が決まるのなら大野木優子と降神アリスはきっと近い席だ。隣同士や前後だったらいいなと妄想する。
「あれ? 1組にもない」
「あらあら、どうしましょう。二人してどこかで見落としたのでしょうか?」
せっかくアリスと同じクラスになれたと思っていた優子は1組でなくても一緒ならいいと利己的な思考のまま再び12組から名前を探すが、二人の名前は見つからない。
「……まさか受かってないんじゃ」
「でも制服と生徒手帳は貰ってますよ?」
クラスを確認し終えた生徒たちが入学式の行われる講堂へと移動していく中、二人がまだ名前を探し続けている時だった。
「あれ〜? あなたもしかして降神アリスちゃん?」
通りかかった新入生の女子がアリスに可愛こぶった声で話しかけてきた。
長い黒髪のつり目の女子で、周りには友人と思しき取り巻きがいる。アリスのことを知っているようだが、優子もアリスもこの女子を知らない。アリスは降神家当主で有名人だから向こうは知っているのかもしれない。
「あたしは日ノ宮ユリカ。よろしくね〜」
笑顔でアリスに挨拶する日ノ宮ユリカ。優子のことはまるでいない人みたいに彼女の視界には入っていない。文字通り眼中にない。
優子は彼女の名前を1組の名簿で見たことを覚えていた。日ノ宮家といえば魔法の名家だ。エリートの彼女にとって、魔法使いの家系ではない優子など視界に入れる価値もないのだ。
「降神アリスです。よろしくお願いします」
アリスがお外用の笑顔と口調で挨拶を返す。日ノ宮ユリカに興味がないみたいだ。アリスのこういう他人のことをなんとも思ってない感じが優子は怖かった。
「アリスちゃんの名前ならそこにあったよ〜」
親切にアリスの名前が載った名簿の場所を教えてくれる日ノ宮ユリカ。頬を膨らませて何かを我慢しているようだ。
ユリカの指差す方には
「0組?」
確認しにいくと確かにアリスと優子の名前が記載されていた。しかし0組がなんなのか疑問だった。1よりも0の方が数字が小さいから、超エリートクラスだろうかなどと優子は妄想する。
「あっはは! 降神の当主が0組とかマジウケるんですけど! やっばい、腹痛い!」
ユリカが吹き出してお腹を抱えて笑った。理解できない優子にアリスが冷静に説明した。
「……0組は能力に欠陥があるとされる成績下位の生徒が入るクラスなんです」
「え、なんで!? わたしはともかくアリスがそんなわけない!」
「クラス分けは魔法実技の総合能力で判定されます。私の得意な医療魔法は評価外ですし、属性系が苦手ですから、点数が低かったのでしょう」
アリスは既に現場で働けるレベルの医療魔法を使える。しかし人を癒す魔法と相反する攻撃的な要素を持つ魔法が苦手なため、それで点数が落ちたのだろう。普通の高校も複数の科目のテストの総合点数で合格不合格を決めているし、当然と言えばそうだ。
だとしても最下位が入る0組にアリスが入ることが納得できなかった。人を助けられる医療魔法を使えるアリスが評価されないのはおかしいし、魔法学を含めた筆記試験でアリスは高得点だった。
「この学校は魔法至上主義なんですよ。いいえ、今の世の中が」
アリスが仕方なさそうに言った。魔法至上主義とは魔法の能力で人間の価値を決める思想だ。実際、魔法使いはその能力の高さから、魔法の使えない人よりも裕福だったり、政治的に大きな権力を持つ立場につくことが多い。
「じゃあね〜クソ雑魚当主。退学にならないように、せいぜい足掻いてね」
0組は魔法学園にギリギリで入れた者が所属するクラスだ。魔法能力が学園の基準を満たせずに退学になってもおかしくない。
ユリカは取り巻きと共に笑いながら去っていった。優子はアリスを笑うユリカのことが気に入らないし、許せなかったが、クラスを決めたのは彼女ではないから、やるせない気持ちになった。
「優ちゃん、そんな顔しないでください」
アリスは自分が0組になったことをこれっぽっちも気にしてないようで、むしろ嬉しそうにしていた。
「うふふ。なんだか崖っぷちって燃えるし、今は二人同じクラスになれたことを喜びましょうよ」
精神がオリハルコンとアダマントの合金でできているアリスはすごく前向きな思考だ。優子も触発されて気合いが入った。
「うん、そうだね」
優子が学園に来た目的は魔法を学んでもっと強くなるためだ。アリスは名門の当主という立場や類稀な治癒魔法の才能を持つことから敵に狙われやすい。優子は親友であり孤児院で一緒に育った家族でもあるアリスを守るためにこの学園で力をつけたかった。
「改めて、これからもよろしくお願いします、優ちゃん」
「こちらこそよろしく、アリス」
これから3年間共に学んでいく二人が改めて挨拶を交わす。こうして波瀾万丈な二人の魔法学園生活が始まった。
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