23. 絶対に負けられない戦い
見下ろすと、勇者とタンク役が馬に乗ってカッポカッポと魔人の方を目指し、悠然と進行しているのが見える。
「おぉぉ、勇者様だ!」「勇者様が来てくれたぞ――――!」
一気に沸き立つ兵士たち。
それは絶望的な状況に差した一筋の光明だった。
「勇者? お前がベンの代わりになどなる訳ないだろう」
魔人はあざける。
「ほざけ! 貴様など聖剣のサビにしてくれる!」
そう言うと、勇者は聖剣をスラリと抜き、空に掲げてフンと気合を入れる。刀身には幻獣模様の真紅の煌めきがブワッと浮かび上がった。
うぉぉぉぉ! 勇者様――――!
兵士たちはこぶしを突き上げ、一気に盛り上がる。
しかし、フルカスはバカにしたように鼻で笑うと、
「聖剣は見事だが、貴様には過ぎたものだ」
そう言って、空中に黒いもやもやの球を浮かべると、それを勇者に投げつけた。
黒い球はゆるい放物線を描きながら勇者に迫る。
「うわっ! なんだそりゃ!?」
勇者は球を聖剣で一刀両断に切り裂くが、手ごたえ無く、球はそのまま勇者の顔面を直撃する。
ぶわっ!
まるで泥団子を食らったように、球のかけらは勇者の全身にへばりついた。そして、モゾモゾと、動き始める。なんと、球は毛虫の魔物の集合体だったのだ。
「ひ、ひぃ! な、何だこれは!?」
あわてて払い落そうとする勇者だったが、毛虫の数は膨大だ。どんなに払い落としても払い落としきれない。
やがてモゾモゾと多くの毛虫が勇者のプレートアーマーの隙間からどんどんと中へと入っていってしまう。
「ふひゃひゃひゃ! くすぐったい! やめろ! ひぃ!」
勇者はあがくが、侵入されてしまった毛虫にはなすすべがない。
やがて毛虫は下着を食い尽くし、プレートアーマーの金具を食いちぎっていく。
プレートアーマーはついにはバラバラになって、ガコン! と音を立てて地面に散らばっていった。
馬上には素っ裸の勇者だけが残される。
勇者は口をパクパクさせ、無様に縮みあがった。
「がーっはっはっは! 随分貧相な身体だな」
フルカスは笑い、一万の魔物の群れも、
ゲハゲハゲハ! グギャァァ! ギャッギャッギャッ!
と、大声で笑い始める。
「次は毛虫たちにお前の身体を食い荒らすように指令してやろうか?」
フルカスはニヤニヤしながら言った。
勇者は真っ赤になって、
「くぅ! 卑怯者! おぼえてろぉ!」
と、捨て台詞を残して逃げ出してしまった。
「口ほどにもない。クハハハハ!」
フルカスはあざ笑う。
一万匹の魔物たちも、
ギャッギャッギャー! フゴッフゴッ!
と、口々に奇怪な笑い声をたてながら愉快そうに笑った。
人類最強のはずの勇者が刃を交えることもできず、あっさりと敗退してしまった。城壁の上の兵たちは皆真っ青な顔をしてお互いの顔を見つめ合う。
切り札であるところの騎士団顧問のベンという少年は、本当にあんな魔人に勝てるのだろうか? 勝てたとして、残り一万の魔物はどうするのか?
どう考えても勝算のない戦いに、兵たちは逃げたくてたまらなくなるのを必死にこらえていた。
ベンは勇者の敗退を見て静かにうなずくと天幕に入る。もはやこの街に住む十万人の命運は自分の便意にかかっているのだ。
ベンは大きく息をつくと覚悟を決め、水筒をお尻にあてがった。
◇
「お待ちどうさま……」
ベンはよろよろしながら天幕から戻る。新型の水筒二本で一気に高めた便意はすでに一万倍に達していた。
しかし、一万では足りない。もう一声、十万に達さねばならなかった。
ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――!
ベンの腸は猛り狂いながら肛門を攻めてくる。
ぐふぅ……。
ベンは顔を歪め
しかし、トゥチューラの街の人たちの命がかかっているのだ。絶対暴発などできない。
ベンは脂汗を垂らしながら必死に括約筋に喝を入れ、何とか腸が落ち着くのを待った。
「ベン君、だいじょうぶですの?」
ベネデッタは声をかけるが、ベンはギュッと目をつぶって奥歯をかみしめるばかりで返事ができなかった。
漏れる……、漏れる……。
顔をゆがめ、激しい便意と戦っているベンにベネデッタは神聖魔法をかけた。
ベンの身体はほのかに黄金の光を纏い、少しだけ苦痛を和らげてくれる。
しかしどんなに待っても十万倍の表示は来なかった。このままではトゥチューラの陥落は必至だ。
「おい! 早くベンを出せ! 出さなきゃその城壁ぶち抜いて皆殺しにするぞ!」
魔人は煽ってくる。
くぅぅぅ……。
ベンは覚悟を決め、ポケットから下剤を出した。
ただでさえ限界近いのにさらに下剤。それはまさに自殺行為である。
だが、多くの人の命には代えられない。ベンは目をつぶって一気飲みをした。
ゴホッゴホッ!
強烈な悪臭が口の中に広がり、思わずむせてしまう。
やがてやってくる強烈な便意の第二弾。
水筒の水でパンパンになった腸に下剤がパワーを与え、ここぞとばかりに絞り出しにかかる。
ぐぉぉぉぉ。
ベンは四つん這いになって、必死に便意に耐えた。
漏れる……、漏れる……、漏れる……、漏れる……。
ここがトゥチューラの存亡をかけた勝負どころ。絶対に負けられない戦いが今、ベンの肛門で繰り広げられていたのだ。
そんなことを全く理解できない周囲の人たちは、狂ってしまいそうになるベンに何もできず、オロオロとしながら、ただ見守るばかりだった。
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