15. 快適な空の旅

「え? 行くって?」


 玲司が道を見ると、なんとスポーツカーが目の前にドアを開けて止まっている。


「こ、これは……?」


 さっき自分をひき殺そうとした美しい流線型の真っ赤なスポーツカー。それが歓迎するかのようにドアを広げて玲司を待っている。精悍せいかんなフロント、空に飛んでいきそうな巨大リアウイングに玲司は圧倒される。ドドドドと重低音のV8サウンドが腹に響いた。


「もう僕の車だよ」


 そう言ってシアンはツーっと飛んでスポーツカーの屋根に腰かけ、足を組んだ。玲司は一瞬どういうことか分からなかったが、光ファイバーの切断に成功したのだということに気づき、


「おっしゃぁ! やったぁ!」


 と、渾身のガッツポーズでビル街の空に向かって大きく吠えた。


 玲司は賭けに勝ったのだ。殺されるか栄光か、分の悪いロシアンルーレットで見事勝利を勝ち取ったのだ。


 くぅぅぅ!


 まとわりついていた死の影を見事粉砕した達成感が全身を貫き、玲司は勝利に酔った。


 これでついに自分は勝ち組だ!


 玲司はガラス張りの高層ビルに囲まれた青空を見上げ、勝利の余韻に浸る。


 バシッ!


 美空はそんな玲司の頭をはたくと、


「何やってんの? 早く乗るのだ!」


 と、ジト目でにらみながら助手席に乗り込む。


「あ、の、乗るよ……。美空の勘ってすごいね、なんでわかったの?」


「ふん! スケベ」

 

 美空はそう言ってドアをバン! と勢いよく閉めた。


 玲司はふぅと大きく息をつくとおずおずと乗り込む。


 ドアをバンと閉めると、ウィィィンとステアリングがせり出してきて、ダッシュボードがフラッシュし、スピードメーターやタコメーターの針がギュン!と上がってゆっくりと降りてきた。


 うわぁ……。


「この車はEverBlade X-V8 お台場行き、123便でございます」


 シアンが天井から顔を出して嬉しそうに案内を始める。


「これ、勝手に乗っちゃって、いいの?」


 心配そうに玲司が聞く。


「オーナーにはあとで弁償するからって話付けておいたよ」


「あ、そういうこと? 良かった」


「当車の機長はシアン、私は客室も担当しますシアンでございます。間も無く出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください」


 シアンはおどけてそう言いながら、玲司たちがシートベルトを着けるのを見計らう。


「それでは快適な空の旅をお楽しみください」


 ブォン! キュロロロロ!


 千六百馬力のエンジンが咆哮ほうこうを放ち、野太いタイヤが白煙を上げながら空転する。


 うわぁぁぁ!


 車はお尻を振りながら急発進、大通りへドリフトしながら突っ込んでいく。


 そして2.5秒後には時速百キロを超え大手町のビル街をカッ飛んでいった。日曜で車はまばらではあるが、それでも五十キロくらいでみんな整然と走っている。その間を巧みに縫いながらシアンは速度を上げていく。


 ブロロロロ!


 V8エンジンは絶好調に吹け上がる。


 ひぃぃぃ!


 右に左にふりまわされ、玲司は必死にステアリングにしがみつき、暴走に耐える。


「きゃははは!」「ヒューヒュー!」


 シアンと美空はなぜか大盛り上がりで笑っている。


「おい! ちょっと! 赤信号になったらどうすんだよ!」


 玲司が怒ると、


「ざーんねん、信号はお台場まで全部青にしといたゾ! きゃははは!」


 と、嬉しそうに笑い、急ブレーキをかけるとお尻を振りながら交差点に突入し、そのまま右折していく。


 ぐわぁぁぁ!


 とんでもない横Gに、玲司は必死にステアリングを握り締めた。


 ガン!


 道端の赤い三角コーンを跳ね飛ばしながら、ギリギリコーナーリングを終える。


 グォォォォン!


 V8サウンドがビル街に響き、玲司はシートに押し付けられた。


 その時だった、


 ポパ――――!


 パトカーのサイレンが鳴り響いた。


「そこの車! 止まりなさい!」


 パトカーが横から出てきて追いかけてくるが、とんでもない速度でカッ飛んでいくシアン達には追いつけない。


「きゃははは! ざーんねん!」「わははは!」


 シアンと美空は嬉しそうに笑うが、玲司はバックミラーの中で小さくなっていくパトカーを、顔面蒼白になりながら見ていた。



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