10. 無敵の武器、バール
ギギギーっとドアを開けると、中には保線用の機材が綺麗に並んでいる。
美空はヘッドライトのついたヘルメットを取り、ライトを点けると玲司に放り投げた。
「かぶってて! 後は……鍵とか無いかな……」
そう言いながら、倉庫の奥を漁っていく。
玲司はヘルメットをかぶり、一緒に中を探す。そして、バールが壁に立てかけてあるのを見つけ、
「あ、これいいんじゃない?」
と、拾い上げた。先がとがった鉄の棒、それは男子にはまさに無敵の象徴だった。玲司はニヤけながらブンブンとバールを振る。
「じゃあ、ガムテープで行こう! この棚の上にあるゾ」
シアンは嬉しそうに棚を指さした。
「あぁ、そうね……。じゃ、これで突破なのだ」
美空はニヤッと笑いながらそう言うと、ガムテープをつかみ、ベリベリっと引っ張り出した。
◇
美空は手早く建物の窓ガラスにガムテープを貼り、そこをバールで叩く。
バン!
鈍い音がして窓が割れ、美空は手を伸ばしてカギを開けた。そして、周りを見回すとするすると中へと入っていく。その鮮やかな手つきに玲司はひどく不安を覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。玲司も急いで続いた。
◇
中には階段があり、ずっと降りていくと、やがて線路にたどり着く。暗いトンネルには線路がどこまでも続き、ところどころにある白い蛍光灯がトンネル壁にある漏水の
「うわぁ、本当に線路だよ……」
玲司が圧倒されていると、
「大手町はあっち、急ぐのだ!」
と、美空はすたすたと歩き始めた。
「あぁ、待って!」
玲司は追いかける。
床はコンクリートで
二人は線路わきの狭いところをトコトコと大手町目指して歩きだす。
美空のキャメルのローファーの、タンタンという小気味の良い音がトンネルに響き、玲司はその音に合わせるように足を進めた。
もし、シアンの世界征服案をそのまま受け入れていたらどうだったろうか? 玲司はふとそんなことを考えていた。
今頃は米軍兵士が洗脳され、あちこちで戦闘が起こり、多くの被害を出していたのかもしれない。
しかし、それでも百目鬼は来るだろう。何といってもシアンの本体を押さえているのだ。そして成果を取り上げるに違いない。結局は百目鬼に野心がある限り衝突は避けられないのだ。
百目鬼の攻撃から生き残り、百目鬼の管理サーバーからシアンを解放するしか方法はないだろう。そのためには大手町だ。
よしっ!
玲司はグッと奥歯をかみしめ、顔を上げると、どこまでも続いている地下鉄のトンネルの奥を見つめた。
◇
しばらく無言で歩いていたが、どこまでも続く暗いトンネル、全く変わらない景色に玲司は思わずため息をつく。
「あのさぁ……」
「何なのだ?」
先行する美空はチラッと後ろを振り返って答える。
「美空さんはなんで……」
玲司が言いかけると、
「さんづけ無し! 『美空』でいいのだ」
そう言ってニコッと笑う。
「じゃ、じゃぁ、美空……、美空はなんでそんなに手際がいいの? こういうの慣れてるの?」
「ふふふ、うちにはサバイバル部という部活があってな、そこでたくさん練習したのだ」
そう言って美空はニヤッと笑った。
「えっ!? お嬢様学校なのにそんなのがあるの?」
意外な答えに驚く玲司。
「嘘に決まってるのだ! クフフフ」
楽しそうに笑う美空。
「きゃははは! 美空面白いゾ!」
シアンもつられて笑う。
何が面白いのだろうか? 玲司はトンネルに響く笑い声にウンザリとした表情で首を振った。
そして、大きく息をつくと、切り口を変える。
「なんでそんなに親身になってくれるの?」
「ん? 世界征服を企む悪いハッカーから人類を守るんでしょ? すっごいワクワクなのだ!」
美空は両手を握るとブンブンと振った。
「最初に世界征服を企んだのはコイツなんだけど……」
玲司はシアンを指さす。
きゃははは!
シアンはそう笑うと、
「元々はご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』って言ったからだゾ!」
と言って、くるりと回った。
「何それ、最低……」
美空はまるで汚いものを見るような目で玲司を見る。
「え……、でもそれはみんな同じでしょ? 働きたい人なんていないじゃん!」
「そんなことないのだ。あたしは将来起業するのだ」
「き、起業!?」
玲司は、まるで違う世界を見ている美空に衝撃を受ける。
「美空が起業するなら出資するゾ!」
シアンは嬉しそうに美空の周りをクルッと回った。
「シアンちゃんありがとー!」
美空はピョンと飛ぶ。
「百億円くらいでいい?」
「百億!? 最高なのだ! シアンちゃん大好き」
そう言ってシアンの手を取った。
玲司はそんな二人を見て、
「百億あったら働かなくていいのに……」
と、首をかしげる。
「分かってないわね。社会に参加してみんなをハッピーにするのが充実した人生なのだ」
「え? 充実した人生……?」
玲司はそんなことを考えたこともなかった。自分だけ楽して好きなことだけして暮らせればよかったのだ。しかし、美空の見ているものは全然違う。『みんなをハッピーにする』というのだ。玲司は子供じみた発想に縛られていた自分に恥ずかしくなり、渋い顔をしてうつむいた。
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