8. お転婆令嬢

「おーい、大丈夫ですか? おーい」


 う……、うぅ……。


 少女は苦しそうにうめく。


 まだ幼いながら、その透き通るようなきめ細かな肌にはちょっとドキッとさせるものがある。



「どこかケガしてないですか?」


 う?


 少女は薄目を開けて玲司を見る。美しいブラウンの瞳だった。


「痛く……ない?」


 玲司はなるべく優しく声をかける。


 すると少女はガバっと身を起こし、ものすごい形相で、


「み、美奈ちゃんのかたき! この、人殺し!」


 と、玲司を指さし、叫んだ。


 玲司は少女の剣幕に気おされながら、


「み、美奈ちゃんって誰?」


 と、聞いてみる。


「あなた、自分で殺しておいて美奈ちゃんも知らないの!?」


 ものすごい怒気を込めて叫ぶ少女。美しい顔は紅潮している。


「教えて……くれる?」


 玲司はバカバカしいと思いながらも、優しく聞く。


「今を時めく『ヴィーバナ』のヒロインよ!」


「それって……ラノベ……だよね?」


「やっぱり知ってるじゃない! あなたが殺したのよ!」


 少女は得意げに人差し指をビシッと玲司に向けて叫ぶ。


「ラノベのヒロインなんてどうやって殺すの?」


「えっ!? そ、それはあなたが日本刀でバッサリ……あれ?」


 人差し指をあごにつけ、首をかしげる少女。


 ここに来てようやく洗脳の矛盾に気づいたようだ。


「悪い夢を見ていたようだね。もう大丈夫かな?」


 少女はしばらく考えると、ハッとして、玲司を見つめる。


 そして、真っ赤になると、


「ご、ごめんなさいぃぃぃ――――!」


 と、深々と頭を下げた。


「あたしってば何やってんだろ? あたしのバカバカバカ!」

 少女はそう言いながら両手でポカポカと自分の頭を叩いた。


 玲司は少女の手をつかんで止めると、


「いいよいいよ、悪い奴に洗脳されてたんだ。君のせいじゃない」


 そう言ってほほ笑んだ。


「え……? 洗脳……?」


 少女は恐る恐る顔を上げ、


「だ、誰がそんなことやったですか!?」


 と、玲司に詰め寄る。


「それは……」


 玲司はどう言おうか少し考えたが上手いごまかし方も思いつかず、やや投げやり気味に、


「世界征服を企む悪い奴がいて、そいつがAI乗っ取って俺を殺そうとしてるんだよ」


 と吐き捨てるように言った。


「えっ!? 何なのだそれ! そんなのに利用されてたですか、あたし……。もぉ、許せんのだ!」


 真っ赤になって激高する少女。そして、玲司の腕をぐっと引っ張ると、


「そいつどこにいるの? ぶっ飛ばしてやるのだ!」


 と、瞳の奥に怒りを燃やしながら玲司をまっすぐに見た。


 こんな少女に話しても仕方ないとは思いつつ、玲司は気迫に負けて一通り説明をしてみる。




「百目鬼……許せないのだ! あたしも手伝う!」


 そう言って少女は玲司の腕をギュッと握った。


「いやいや、これ、命がけだからね? 死ぬかもしんないんだよ? 子供には頼めない事なんだ」


 玲司は断る。こんな少女に手伝ってもらうことなんてないのだ。


「子供? 何言ってんの? あたしは高三、あなたより年上なのだ!」


 少女は腰に手を当ててプリプリしながら言い寄る。


 玲司は驚いた。どう見ても中学生な少女が自分より年上だという。


 シアンは興味深そうにふわふわと少女の周りを飛びながら、


天羽あもう 美空みく清麗せいれい女学院高校三年A組、本当みたいだよ?」


 と、ネットで個人情報をハックして、美空の身元の確認を取る。清麗女学院とはこの辺では有名なお嬢様学校である。どこかの金持ちの令嬢ってことだろう。言われてみれば確かに整った目鼻立ちにはそこはかとなく気品があるように見えなくもない。


 玲司は頭を下げて言った。


「と、年上とは……失礼しました。って、あれ……? 俺の歳をなんで知ってるの?」


「え? し、知らないわよ! でも、あたしの方がお姉さんって事くらい、見りゃすぐ分かるのだ!」

 少女はプイっとそっぽを向く。


 釈然としなかったがシアンに聞いてみる。


「ということで、この娘が手伝ってくれるんだって、どうしよう?」


「それは良かった! これで成功確率は1.2%に急上昇だゾ」


 シアンは嬉しそうにくるりと回る。


「1.2……、絶望的な数字は変わらんなぁ……」


 玲司はガックリと肩を落とした。


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