*ミーシャ×リアム*

番外篇② すれ違う想いー⑴

【本編103話続き。ミーシャ復活、帝都を救ったあとです。※リアムにやきもきするかも?ですが、あたたかく見守ってくださいね】 



 オリバーが炎の鳥を操り溶かした氷の宮殿地下の氷は、何十万人もの民が住む帝都に流れ込んだが、要塞都市で分厚く高い壁のおかげで、図らずもダムの役割を果たし、水は一時的に堰き止められた。


 イライジャたち高位貴族、騎士団員の半強制避難命令により、都民は帝都の外へ速やかに逃げのび、人的被害は最小限だった。


 ミーシャとリアムは魔力を増幅させるクレア魔鉱石を使い、帝都に居座る氷と水を夜もすがら溶かし続け、蒸発させた。

 太陽が昇ると、クレア魔鉱石はその役目を終えたかのように、リアムとミーシャの手の中で真っ二つに割れた。


「きっと、高温と冷却を繰り返したから、石そのものが耐えられなかったのね」

 ミーシャは二つになった魔鉱石の一つをリアムの手に乗せた。

「それぞれを精霊獣に持たせましょう」


 リアムは頷くと、白狼を呼んだ。ミーシャも炎の鳥を呼ぶ。朱い炎の鳥は魔鉱石を趾足そくしで掴むと空に舞い上がった。


 宝石のガーネットのように内側から朱く輝いていたミーシャの髪は色が抜け、いつもの朱鷺色に戻る。すると、急に視界がぐらりと傾いた。


「ミーシャ、どうした。大丈夫か?」

 大丈夫と答えたかったが、目の前の歪みは酷くなる一方だった。自分を支えてくれる彼にもたれかかっていると、そのまま意識は遠退いていった。



『悪いのはクレアだ。魔女を殺せ!』


 周りは火の海だった。

 オリバーが兵に指示を出し、刃の切っ先を自分に向けられる。逃げ場はなく向けられた敵意と殺意に当てられて、恐怖で身体は竦み、震えが止まらない。怖い。死にたくない。だけど、リアムを守りたい……。


 ゆらりと揺れる銀色の髪。リアムと同じ碧い瞳はどこまでも無慈悲で、身体の奥深くが凍てつく。

 サファイア魔鉱石が埋め込まれた氷のナイフが、背中に突き刺さる刹那、ミーシャは飛び起きた。


「痛ッ……」

 冷や汗がどっと出た。目をぎゅっと閉じて、横たわったまま自分の腕を抱え丸まっていると、「ミーシャ」と声をかけられた。肩に触れる手はやさしく、ミーシャは目をゆっくりと開けた。


「うなされていたから起した。ごめん」

 のぞき込むリアムの碧い瞳は、憎悪に染まるオリバーのものとまったく違う。自分を気遣い憂いを帯びていた。


「あれ、私……?」

 そこは、絢爛豪華なリアムの寝室だった。広くて大きな寝台にリアムと二人きりだ。しかし今何時でどうしてここにいるのか理解できない。彼の後ろに見える大きな窓の外は真っ暗だった。


「明け方に倒れ、丸一日意識がなかったから、心配した」

 リアムはほっとしたらしく頬を緩めた。乱れたままの朱鷺色の髪を何度もやさしく手で梳き、整えてくれた。


「もう、夜? 帝都は、避難していた人たちは、どうなりました?」

「心配ない。何か食べる?」

 ミーシャは首を横に振った。食欲はない。上半身を起そうとしたが、ゆっくり寝台に押し戻された。

「もう少し寝ていろ」

「オリバー様は?」

 ミーシャの質問にリアムは「大丈夫だ」と冷静に答えた。


「ミーシャの応急処置のおかげで、出血は止まった。意識はないが、呼吸も落ち着いている」

「よかった」と答えたものの、さっきの夢を思い出し、声が震えた。リアムはミーシャの頭をやさしく撫で、額にキスをした。


「奴はしばらく動けない。念のため見張りもつけている。ミーシャのそばには俺がいる。だから心配せずに、今はゆっくりお休み」

 ミーシャは頷くと、リアムの手に触れた。

「私も、リアムのそばにいる。心配しないでね」

 碧い瞳はやさしく細められ、頷き返してくれた。安心すると、急激に瞼が重くなった。

「寝ていい。おやすみ。ミーシャ」

 彼を見つめながら、再び夢の中へ落ちていった。



 翌朝。陽の光を感じて目を覚ますと、そばにリアムの姿はなかった。代わりにライリーが心配そうにのぞき込んでいた。


「ミーシャ様。目が覚めましたか?」

「……ライリー、喉渇いた」

「お飲み物は用意しております」


 彼女に手伝ってもらって上半身を起す。一度心臓が止まった影響か、身体が思うように動かない。すごく気だるく、水が入ったグラスさえ重く感じる。ゆっくりと水を喉に流し込んだ。


「倒れられてからずっと、高熱が続いております。何か他に入り用があれば仰ってください」

「大丈夫よ。それより、リアムは?」

「陛下は朝早くに出かけられました。ジーンさまと復興について協議中でございます」


 被害の現状把握とこれからの対策で忙しくしている彼の姿が容易に想像できた。


「ここは、崩れなかったんだね」

 氷の宮殿は半壊しているが、棟が違うここはそこまで被害が大きくなかったらしい。


「リアムやみんなを、手伝いたいのに……」

「そんなふらふらな身体で出てこられても、皆様の迷惑になるだけです。陛下からも、今はゆっくり身体を休めるようにと言付けを承っております」

 確かに今は体調を整えることが先決だろうと思い、ミーシャは頷いた。飲み干して空になったグラスを返し、もう一眠り《ひとねむり》することにした。


 熱は下がるどころかさらに上がった。ほとんど寝台から動けず、日中はライリーや、侍女が交代で看病してくれた。リアムは夜中に帰ってきて朝が来るまで、ミーシャに付き添った。

 その状態が三日間続いた。


 四日目の朝は熱こそ引いたがまだ起き上がれず、ミーシャはまどろみの中にいた。

 息苦しく、辛くて何度も寝返りを打った。見るのは決まって怖い夢。悪い魔女を嫌う人々の罵声に震え、オリバーに何度も殺されそうになる。


「怖い」と呟くと、「俺がミーシャを守る」と返ってきた。額に冷たい手が触れる。瞼をうっすらと開けると、心配そうに自分を見つめている愛しい人と目が合った。


「リアム」

「熱は下がったようだが、起きなくていい。寝て」

 日中に彼を見るのは久し振りだった。

 心配して、公務の間に帰ってきてくれたのだろうか?


「……リアムは、ちゃんと寝てる? 顔色悪い」

「大丈夫。死んで復活した君よりは元気だ」

 リアムはミーシャの頬に手を添えた。

「冷たくて、気持ちいい」

 頬に触れる彼の手に自分の手を重ねる。すると、リアムはミーシャを避けるように手を引いた。


「オリバーが、やっと目を覚ました」

 彼の名前に胸の奥が締め付けられるように痛んだ。毎晩彼に殺される夢を見る。背中に嫌な汗を感じ、リアムから視線を逸らした。

「そう……」

 良かったね。とは言えなかった。


 リアムにとって叔父が大切な人なのは間違いない。あのまま復讐を果たし、殺してしまってはリアムの心は救われない。クレアが死んだときのように、オリバーが彼の心を縛るのを避けたかった。

 オリバーには生きて罪を償ってもらいたい気持ちはあるが、彼への恐怖は日に日に増していた。


「クレアやミーシャ、たくさんの人のかたきなのに、生かしてすまない」

 ミーシャに向かってリアムは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あの人は、リアムの手にかかって死のうとしてた。だけど、それをさせたくなくて止めたのは私自身だよ。リアムは謝らないで」

 彼は苦笑いを浮かべたあと、視線を外に向けた。


「魔力で強化した氷で中庭の穴を埋めた。仮設だが、その上に氷の宮殿を作った」

「かまくらやイグルーを作るだけではなく、今度は氷の宮殿を造ったの? 見たい!」


 リアムは、「分かった」というと、ミーシャを抱き上げた。慌てて彼の首に手を回し、しがみつく。横抱きにしたまま窓辺に移動し、外を見せてくれた。


「うわあっ、きれい! 大きいっ。中に入ってみたい」

 宮殿は二階の窓から見るだけでも大きく、しっかりとした造りだった。天気が良く、白い宮殿はうっすらと空を写し、青く輝いて見えた。

 

「オリバーを一時ひととき、あの宮殿の地下に閉じ込める」

 ミーシャはリアムの顔を見た。

「元の宮殿の牢は半壊してて、あいつを閉じ込めておけないんだ」

 リアムは眉尻を下げて申し訳なさそうに言った。

「ミーシャは引き続き、ここで静養してほしい。俺はしばらく新しい氷の宮殿で寝起きする」

「彼を見張るため? ここには戻らないってこと?」

「そうだ。宮殿内に執務室と仮眠室も作った」

「それって、つまり……」


 ……別居?

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