第83話 雪と氷の精霊獣
*
グレシャー帝国の地下深くには広大な氷床がある。北に雪で覆われた大きな山脈を持ち、その手前の丘に氷の宮殿を構えていた。山岳の谷間から流れ下った谷氷河を起点にリアムは魔力を流し、国全体に流氷の結界を施している。
流氷が強く発光するのは、帝国に対して敵意ある者が川を渡ろうとしているからだ。
「朝が明けると同時に進軍の速度をあげたようだ。ここを離れよう」
ミーシャが頷くと、リアムは魔鉱石を手に持ったまま歩き出した。
白狼がとことこと、そばに寄ってくる。周りを警戒しながら宮殿に向かって徒歩で移動しつつ、リアムはミーシャに改めて聞いた。
「ミーシャ。魔鉱石が碧い輝きに変わった理由は、何だと思う?」
リアムの問いにミーシャは顎に手を置いて考えた。
「宝石は、色んな環境や要因で形成されます。混ざっているもの、どれだけの時間どれだけの圧力がかかり、高温にさらされたかで、できる物が変わる。私がクレアだったころは、そこに自分の魔力と、炎の鳥を長く加えることで魔鉱石を作り上げました」
「それがこれ、クレアの魔鉱石か」
ミーシャは頷いた。
「一つ、考えられることがあるとすれば、雪と氷の精霊獣」
そばにいる白狼を見た。
「長い間、魔鉱石は精霊獣に持たせていたんですよね?」
リアムは、白狼の頭を撫でながら頷いた。
「白狼に預けるのが一番安全だと思った。触れられる者は王族か魔女くらいだからだ。ちなみに、白狼に持たせていたことを知るのはジーンだけだ」
常に命を狙われていたリアムは、万が一自分の身に何かあって、何者かに魔鉱石を奪われることがあってはならないと、予防線を張っていたと教えてくれた。
「オリバー様に知られていたら、白狼から奪われていたかも知れませんね」
「白狼は気高い。王族だからと誰にでもしっぽを振るわけじゃないが、奪われていた危険はあったな。それで、精霊獣がどうした?」
リアムに説明の続きを促され、ミーシャは口を開いた。
「白狼が長く持つことで、新たな変化が加わったんじゃないかなと思う」
「新たな変化が加わったとして、どうなる。効果は?」
「効果はわかりません。これから検証ですね」
「色が変わるタイミングは?」
「色については、一つ思い当たることがあります」
「それはなんだ」
「ブルー・ガーネットです」
歩きながらリアムはミーシャを見て、「ガーネットの色は赤系だろ?」と聞いた。
「同じ宝石でも、色によって呼び名が変わるのをリアムも知っていますよね? ブルーガーネットもガーネットの一種です」
ミーシャは足を止めると振り返り、太陽を指さした。
「まれに『光』があたると、色を変える宝石があります。ガーネットの魔鉱石がリアムの手にある状態で、陽に照らされたことで、変化したように感じました」
リアムは自分の手にある魔鉱石を眺めた。
「朱いガーネットだったクレア魔鉱石に、白狼と俺が長時間触れることで、魔力を加えてしまった。そして光が当たることで、ブルーガットの魔鉱石に変化したことがわかった。ということか」
ミーシャは頷いた。
「……憶測ですが、この魔鉱石なら炎の魔力だけじゃなく、リアムの、氷の魔力も魔鉱石に取り込むことができるかもしれません。リアム魔鉱石の誕生ですね」
「……クレア師匠が、作りたくて作れなかったものか」
リアムは切なそうにミーシャを見た。
氷の魔力を移せる魔鉱石を作る。それが、ミーシャの研究の原点だった。クレアだったころずっと研究して、達成できなかったものが今、彼の手にある。
「試しに魔力を込めてみたいところだが……」
「だめです。もう、リアムは魔力使ってはだめ」
「白狼に魔力をわけてもらえ……」
「だめです」
「少しだけ」
「だめ!……怒りますよ?」
ミーシャは、背の高い彼を下から睨んだ。
「カルディア兵がそばまで来ているんですよね? 魔鉱石を試す余裕はありません。魔力を込められなくて無駄にしたらどうするの」
「……なんか、懐かしいな。クレア師匠に怒られているみたいだ」
リアムはふっと笑うと、ミーシャに一歩近づき、髪に触れた。
「一瞬、クレアに戻ったことで、焼け切れた髪が元に戻ったようだね。良かった」
朱鷺色の髪にリアムが口づけをする。
嬉しいような照れくさいような……。
ミーシャは恥ずかしさから顔を逸らした。
「リアム。説明はこのくらいにしましょう。急がなければ」
「そのようだな。ミーシャ、隠れよう」
「……隠れる?」
リアムは頷くと自分たちより背が高い、大きな雪の塊をいくつか作った。
「リアム、何をしているの?」
「ここは少し視界が開けすぎているから、遮る物を作っている。後方にもいくつか作ってきたよ」
「え、いつの間に?」
ミーシャが来た道を振り返ると、確かに除雪したあとのように、そこかしこに雪の壁ができていた。
「視界を遮るのはわかったけど、何で隠れるの? 急いで逃げないの? オリバーを追うんでしょ?」
「ちょっと、流氷の結界が気になってね。あと、二人で走ったが逃げ切れず、敵に背を打たれるくらいなら、ここで待ち受ける方がいい。白狼に偵察に行って貰う。その間、ミーシャはここに入って」
リアムに背を押され、二人で大きな雪の塊の中へ入る。白狼はふっと姿を消した。
「ねえ、リアム! これってもしかして、念願のかまくら?」
狭いがそれがまたいい。雪の中なのに温かい、不思議な空間。隠れ家のようで気分があがった。
「喜んでもらえて良かったが、あまり声は出さないで」
リアムは呆れた声で言うと、ため息を吐きながら座った。
「外も雪を降らせて、視界をさらに塞ぐ。今のうちに身体を温めたいからミーシャ、来て」
リアムはミーシャの手を掴むと、自分の方へ引き寄せた。
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