第82話 希望の光

「この子がノアか。父親のクロムにそっくりだな」


 ノアは、凍って動けない母親の前に立った。腕を広げ、震えながらも一生懸命にオリバーを睨んでいる。


「おじさん、誰? 何で母様にこんな酷いことをするの?」

「君を、大切にしないからだよ」


 オリバーは目を細めると、姪孫てっそんと視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。ノアの顔に緊張が走る。


「ノア、初めまして。私は、陛下と君の父親を救いたいと思っている男だ」

「陛下と父様を?」


 オリバーは頷き、「そうだよ」と答えた。

 それでもノアは、警戒を解かない。


「……ノア、……逃げなさい」


 下半身や腕が凍って動けないビアンカが、声を絞り出すように言った。

 オリバーは立ち上がり、彼女を見た。


「ほお、まだ意識があるか。たいしたものだ」

「おじさん、母様を助けて!」

 オリバーは「どうして?」と首をかしげた。


「ビアンカは君を見ようとしない、悲しませる母親なのに?」

 

 彼の碧い瞳が透明な膜に覆われる。眉間にしわを寄せ、頬は、赤く染まった。オリバーは泣いて何もできないだろうと思ったが、


「それでも母様は、ぼくの母様だ!」


 ノアの訴えを聞いたオリバーは「そうか」と答え、笑みを浮かべた。


「可愛い姪孫のお願いだ。叶えてあげたいところだが、ビアンカを凍らせたのはこの私だよ。すまないが、助ける気はない」


 それを聞いたノアは子供らしく情けない顔になったが、すぐに口をきつく結んだ。覚悟を決めた目でオリバーを睨んだ。

 降り積もっている近くの雪を空中に浮かべると、目の前にいるオリバーに向けて勢いよく放った。しかし、当たる前に雪の塊は全部、弾け散った。


 オリバーに攻撃が通じないとわかったノアは、目を見開き固まった。


 二人の間で、朝陽に照らされた雪の結晶がきらきらと舞い、そして、儚く消えていく。


「ノア、覚えておけ。与えられる物だけがすべてではない。本質を見抜くんだ」

 

 オリバーは親子に背を向けた。ビアンカの後宮にある大きな『氷の泉』へと向かう。ノアはもう、攻撃してこなかった。



 凍った湖面にオリバーは立つと、まず泉に積もった雪を全て排除した。そして、自分で作ったサファイア原石の魔鉱石を懐から取り出し右手に持った。左手にはガーネットでできた魔鉱石を握る。


「魔鉱石よ。私に力を与えたまえ」


 念じると、サファイア原石を持ったまま氷柱を作り、そのまま勢いよく泉に突き刺した。オリバーを中心に、青い閃光が放射線状に延びていく。

 

 泉の表面全体に雪の結晶「樹枝六花」が浮かんだ。いくつものヒビが入り、ぱきぱきと割れる音が鳴りだし、やがて、泉を覆っていた厚い氷が崩れはじめた。


 オリバーはさらに氷柱を深く泉に突き刺し、魔力を注いだ。力を使うほどに身体の内側が凍てついて行くのを感じた。左手にある魔鉱石をきつく握る。


 やはり、無理か……。奪って持ってきた魔鉱石は気休め程度。このままでは泉を溶かし終える前に、身体が凍ってしまう。

 前回は死ぬ前にリアムの力で凍ったことで冷凍睡眠できたが、今回はその前に凍化病で死にそうだった。

 ……今回もダメか。そう思った時だった。


「ねぇ、どうして泉の氷を溶かしているの?」


 氷柱を突き刺した態勢のまま顔を横に向けると、ノアが、透き通った碧い瞳でオリバーを見ていた。足場が悪いのに、その後ろには青い唇でがたがたと震えるビアンカもいた。


「自分で氷を溶かして、母親を助けたか……」


 ふっと笑いかけると、ノアは母親を庇うように腕を広げ、オリバーを睨んだ。

「母様を助けるのはあたりまえだろ」

「どうしてあたりまえなんだ?」


「母様が、ぼくのことをどう思っているかは関係ない。大事なのは、ぼくが母様を好きと言うこと。それがぼくの大事な気持ちだ」


 強くはっきりとした声だった。

 オリバーは、目の前にいる小さな氷の皇子を頼もしく感じ、そして、哀れで慈しいと思った。


「おじさんの目的は何?」

「教えたら、叔父さんを手伝ってくれるか?」

「母様をもういじめないと約束するなら、手伝ってやってもいいよ」


 ノアはふんっと、怒りながら言った。

 オリバーは「わかった。約束する」と答えた。


 氷柱から手を離し、ノアに向き直った。彼の瞳を見ながら口を開いた。



「この泉の奥深くに、私の大切な人が眠っている」

「大切な人?」


 オリバーはゆっくりと頷いた。



 ……――ルシア。

 二十年待たせたな。私の希望の光よ今、 


 会いに行く。




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