第54話 静かな夜の雪の庭
「ミーシャ、人の話を聞いていたか? 俺は、キスしながらお願いをしろと言った」
リアムは「守りますは、俺へのお願いごとじゃない」と眉尻を下げながら笑った。ミーシャを下ろすことなく、すたすたと歩き出す。進路を塞いでいた人たちは、リアムが声をかける前にさっと避けて、道を開ける。
「陛下。私は大丈夫ですから、皆様を相手してさしあげて。陛下まで退席しなくてもいいです」
何を言ってもリアムの足は止まらない。そのまま会場を出てしまった。
黄金で彩られたきれいな天井画が、ここに来て見上げたときよりも近い。
……手を伸ばせば届くだろうか。
「今夜はありがとう。婚約者のお披露目は無事に済んだ」
天井ではなく、リアムを見る。彼はやさしい声で囁くように言った。
「でも……」
「身体が心配なのは本当だ。今日はもういいから休め」
「わかりました。休みます。だから、下ろしてください」
リアムは苦笑いを浮かべると、ミーシャをゆっくりと下ろした。
「俺も、今日は疲れた」
「……お疲れ様です」
頭を下げると、目の前に手を差し出された。握れということらしい。触れてみると手は少し冷たかった。ぎゅっと握るとリアムは、手を繋いだままゆっくり歩き出した。
「本当に、温めた方がよさそうですね」
「ミーシャの上がった熱を下げるのに、ちょうどいい」
「これまではナターシャ様が陛下をその……温めていたのですか?」
質問すると、リアムは足を止めた。不思議そうな顔でミーシャを見る。
「ナターシャが俺を? どうやって?」
「腕や手に触れて、です」
「無理だろ。すぐに凍ってしまう」
「ですがさっき、ナターシャ嬢は陛下に平気で触れていましたし、触れることを陛下も拒んでいなかったので」
「ジーンとナターシャは俺のそばで凍える事になれている」
「なれているって……」
それってつまり、無理してそばにいる?
「あの二人は幼少のころからの付き合いだ。何度言っても触れてくるから、今はもういちいち言っていないだけだ。二人とも限界が来ると俺から離れるし大丈夫。心配いらない」
「でも、ナターシャ嬢は……」
「ミーシャ」
リアムはミーシャの手を持ち上げた。
「俺が自ら触れてみたいと思えたのは、ミーシャが初めてだ」
彼の氷のような碧い瞳に、そばにあるかがり火が映り込んでいる。胸を焦がすような熱い眼差しに、一瞬めまいを覚えたが、
「私は、触れても凍らない。炎の魔女だからですね」
浮かれそうな頭を急いで冷ました。
するとリアムは、ミーシャの髪の一部に触れた。一束掬うように持つとすっと、毛先まで滑らす。そして、乱れた髪を手で梳き戻すと、ミーシャを見つめた。
「炎の魔女は関係ない。この美しい髪に、触れてみたいと思ったんだ」
冷ましたはずの頭が茹で上がりそうだった。
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