第50話 かわいい王子様

「きれいな陛下のお嫁さん。どうしたの? 寒いの?」

 可愛らしい声で話かけられて、ミーシャは思わず立ち止まった。


 振り向くと、黒を基調とした正装着に身を包む、六歳くらいの男の子がいた。

 凜とした、涼しい碧い瞳。

 不思議そうに首をかしげ、心配そうにミーシャを見ている。


「リアム……皇子?」


 少年は、出会ったころの彼にそっくりだった。思わずまた声を零してしまった。

 そっと、近づく。ミーシャを見上げる瞳は透き通った空のようで、懐かしさがこみ上げてきた。

 

「公爵令嬢、違いますよ。リアム様ではありません」

 

 ナターシャは名前を訂正すると、恭しく紹介した。


「先帝クロム陛下の嫡男で現在、王位継承権一位の『ノア皇太子殿下』でございます」


 ミーシャは小さな王子に向かって屈膝礼カーテシーをした。

「偉大なるグレシャー帝国の皇太子さま。ご挨拶、申し上げます。フルラ国ガーネット公爵家のミーシャ・ガーネットと申します」


「はじめまして。ノア・クロフォードです」

 小さな皇子は、ふわりとやさしく微笑んだ。


 ……か、可愛い! 

 笑ったらなおさら、小さいころのリアムにそっくりだ。

 感動しているミーシャの横でナターシャは首をかしげる。顔を近づけそっと、話しかけてきた。


「令嬢。どうしてノア皇子を、リアム皇子と言ったのです? 私はリアム様に似ているとは思いません。ノア皇子は先帝陛下クロム様にそっくりですから」

 おそらく、彼女の言うとおりなのだろう。ノア皇子の髪の色は、銀髪のリアムと違って金色。目や唇などのパーツの形も違う。

 ただ、醸し出している雰囲気が、彼の幼少期を思い起こさせた。


「……すみません。私、先帝陛下のご尊顔を拝見したことがなくて……」

 ナターシャは「リアム様しかご存じないのですね」と納得した。


「陛下のお嫁さん。寒いなら僕が何か暖かくなる物、持ってきてあげようか?」

 ミーシャはノアと視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

「ノア皇子。ありがとうございます。殿下のやさしくて温かい気持ちと言葉で、寒いのなんて平気になりました。もう大丈夫です」

 ノアは「そっか」と言うと、またにこりと笑った。


 皇子様に向かって失礼かもしれないが、彼は春に咲く、小さな黄色いタンポポのようで、癒される。

 頬を無限に緩めていると、人の影が視界に入ってきて、ミーシャは顔を上げた。


「ご機嫌麗しゅうございます。未来の帝国の母、ビアンカ皇女さま」

 ナターシャは、現われた女性に向かって、屈膝礼をした。


 ビアンカ・クロフォード。彼女は数年前、病気で逝去した先帝クロム・クロフォードの唯一の妃、そして、ノアの母親だ。


「ご挨拶申し上げます。フルラ国ガーネット公爵家のミーシャ・ガーネットと申します。ビアンカ皇女さま。お初にお目にかかります」

 ナターシャに続き、ミーシャもあいさつをした。


「春麗らかな大地フルラ国から、この豪雪の地グレシャー帝国へようこそ。歓迎いたしますわ」

 

 後頭部にしっかりと結い上げられているビアンカの髪色はブラウン。リアムより年上の彼女のドレスは見るからに高価で豪華だが、決して派手な物ではない。

 清楚で落ち着いた印象を与える女性だった。


 静かでゆっくりとしたしゃべり方。終始笑顔で、人当たりは良さそうに見える。


 あいさつを済ませたビアンカは、ノアに視線を向けた。

「ノア。探しましたよ。一人で行動してはいけないと、何度も言っているでしょう?」

 静かに、だけどはっきりとした口調だった。ビアンカに注意されたノアからは、さっきまでの笑顔が消えた。緊張した様子で、下を向く。


「……ごめんなさい。母上」


 優しい声と笑み。だけどビアンカは、扇子を広げ口元を隠すと目を細めた。蔑むような眼差しを、自分の息子に向けた。


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