第4話 馬鹿だから、見分けられないんだよ
そうして出会ったのが
一見して、都会の暮らしに馴染んでいるのがよくわかる。服や小物を選ぶセンスも
何よりも今まで付き合ってきたボーイフレンド達とはまるで違って、一緒にいてときめきがあった。
行きつけのイタリアンはおしゃれで、当然三ツ星だった。
はじめての旅行では、お部屋に露天風呂のついた隠れ家的な旅館に連れて行ってくれた。
高いものをねだったりなんか一度もしなかったけど、誕生日にはブランド物のハートのペンダントをくれた。
彼はとても、ちゃんと特別に大事に扱ってくれたのだ。
考えてみれば当然だ。あんな田舎の地方丸出しの実家近くで出会える男なんて、みんな高が知れているに決まっている。それでも一応厳選して付き合ったのだ。周りにいる中では飛びぬけてイケていたヤツしか寄せ付けなかったつもりだけれど、それでも今思えば井の中の蛙だった。
本物の、本質を知っている都会の男に、あんなヤツらが束になったって敵いっこないじゃない。
好きだった。
本当に、馬鹿みたいに大好きだったのだ。
だからこそ、飲み込み切れない
そして、胸の奥の黒い毛玉が、わさわさと
やーいやーい。
ばーかばーか。
おまえなんかだれもいらない。
おまえていどのおんないくらでもいるんだー。
おまえなんかびじんでもなんでもないんだー。
やりすてられてつかいまわされるのがおにあいなんだー。
やーいやーい。
「――馬鹿だから、見分けられないんだよ」
あれは、いつの事だったか。
相変わらず気持ち悪いオタクねと、姉をせせら笑った直後に、そんな言葉を投げつけられた。一瞬呆気に取られて、何を言われたのか理解が出来なかった。
無表情でいて、とても静かな声だった。
あれは、そうだ確か、実家の二階の踊り場で、各自の自室から出てくるタイミングが
姉は、そう一言だけ言うと、そのまま部屋へ引っ込んでいった。春絵は、かなり長くその場に立ち尽くしていた気がする。姉の部屋のドアを、ずっと見ていた気がする。
わからなくて。
言われた事の意味がわからなくて。
ずっと、心臓がどきどきとしていた。
馬鹿だから。
馬鹿だから見分けられない。
何が本当で、どこで間違ったのかが、どれだけ必死に考えてもわからない。
わからないんだ。
馬鹿だから。
桑名との交際がどれほど順調に進んでいても、その不快なもやもやとした黒い毛玉は、決して消える事がなかった。
いくら桑名が友人達から
あれは欲しかった男とは違ったからだ。
春絵が欲しかったのは小峰だった。小峰が妻子を捨てて、春絵を選ぶことに意義があった。春絵が一番いいと言って、その手を伸ばしてくる事に意味と価値があったのだ。世界がひっくり返るくらいのマジックが見たかった。春絵が最も素晴らしいから、他のどんな女達よりも美人でかわいくてイイ女で死んでも手放せないと言わせたかった。それまでの人生を全て捨ててもかまわないと、春絵の前で膝をつく、顔もスタイルもいい、地位も財産もある男が欲しかった。見たかった。
あんな良いものを、贅肉だらけのブスが独占してるなんて許されない。あれはあたしにこそ相応しいの。
お前はその座からさっさとどけよ‼ いつまでも居座ってんじゃねぇよ‼
あたしはずっと、その瞬間と景色を見るために耐えてがまんし続けて来たのにお前のせいで全部台無しだ‼ 誰よりも優れた恋人をもっていて、それを友人達に堂々と紹介できるという甘いおやつを我慢してここまでやってきたっていうのに‼ あのブスは泣き叫んで自分の親にガキみたいに言い付ける事でそれを台無しにしやがった‼
そして小峰は、そんなブスのところに戻って行ったんだ。
あいつはゴミのようにあたしを捨てていきやがった。
――いや、ちがう。
あいつは最初から、奥さんを抱けない間にあたしの事を「体よく」使ってただけだった。
畜生。
ちくしょうが。
悔しかった。許せなかった。
自分ばかりが馬鹿を見るのがどうしても受け入れられなかった。
だからやってやった。
小峰が不在と分かっている時に、彼の自宅に無言電話を掛けるのが習慣になった。通話記録が残らないように、自宅からも会社からも遠いところまで電車で行って、適当な公衆電話から電話を掛けた。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度もだ。
小峰が会社で、無言電話がかかってくるせいで赤ん坊が眠らなくて奥さんがノイローゼになっていると部下相手にぼやいていた。
たまたま給湯室で二人きりになった時に、「まさか無言電話かけてきてるの君じゃないよね」と聞いてきたので、自分の肩をそっと抱きながら
「悲しいです。そんな怖い事する女だと思われてたなんて……」
「わかってるよ。君は優しい女の子だもんね。疑って本当にごめんね」
俯いたまま、春絵は震えた。
笑いを堪えるので必死だった。
気持ちよかった。心底いい気味だと思った。ノイローゼじゃなくて寝不足と疲労から来る産後欝だと教えてやろうかと思ったがやめた。そのまま全部壊れて行けばいいと思った。
家庭が壊れたら、もしかしたらもう一度、すこしだけでも、こっちにふりむいてくれるんじゃないかな、って――ほんの少しだけ、そう思った節はあった。
だけどそんなものよりもざまぁみさらせという思いの方が圧倒的に大きかった。
馬鹿にして。
あたしの事ばっかり皆馬鹿にしやがって。
どいつもこいつも、自分ばっかりいい思いして、そんなの認められるわけないじゃない。誰もかれも、あたしを差し置いて幸せになんかさせてやらないんだから。
わさわさと黒い毛玉が揺れる。
どれだけやっても胸の奥の黒い毛玉が消えない。
寧ろ増してゆく。
やーいやーい。
ばーかばーか。
黒い毛玉の嘲笑う声が耳の中から消えてくれない。
どうやったらスッキリできるのか。どうやったら自分達だけ幸せになってる奴等に目にもの見せてやれるのか。
――男の子が。
急にその話を思い出した。
そうだ。会社の女の子たちが相談に乗ってくれるって言う男の子の話をしていたのだ。本質を見抜いて、どんなトラブルでも絶対に解決方法を教えてくれるんだって。お金は結果が出てからの後払いでいいって。確かそう言ってた。
相談したら、この黒い毛玉の消し方も教えてくれないかな。相談に乗る仕事なんだったらシュヒギムくらいちゃんとしてるだろうし。
――物は試しって言うじゃない。
そんな軽い気持ちと興味本位から、春絵は
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