1-9. アヒルピョコピョコ

「ゴー!」


 ジュルダンの掛け声と同時に、


「ぬおぉぉぉ!」


 ウォルターのうなり声が部屋に響く。


 だが……、シアンの腕はビクともしなかった。


 焦ったジュルダンは叫ぶ。


「おい! 何やってんだ! お前の筋肉は飾りか!?」


 しかし、ウォルターがどんなに真っ赤になって頑張っても、シアンの腕はビクともしなかった。


「うしし、それじゃ勝っちゃおうかなぁ……、きゃははは!」


 シアンはうれしそうに笑い、徐々に力を入れ始めた。


 ウォルターがどんどんと押されていく。


「何やってんだお前! 金貨だ! 金貨パワーで頑張れ!」


 ジュルダンは青くなりながら叫ぶ。


「ぐぉぉぉぉ!」


 ウォルターは真っ赤になりながら渾身の力を振り絞るが、どんどんと押し倒され、もうすぐ机に着きそうになった。


 と、その時だった。


 ガン!


 ジュルダンがテーブルの足をけってテーブルが大きく揺れた。


「おっといけねぇ!」


 白々しくジュルダンが言う。


「今、ネーチャンのヒジが浮いたから、ネーチャンの反則負けな!」


 無理筋の理屈を強引に主張するジュルダン。


「何言ってるんですか! ご主人様の反則負けですよ!」


 レオが真っ赤になって怒る。


「はぁ? テーブルけっちゃいけないなんてルールはないぞ?」


 ふてぶてしく言い放つ。


 そして大麻をおいしそうに吸った。


 すると、シアンは無言ですっと立ち上がる。


 皆、何をするのかとシアンを見つめた。


 直後、シアンは目にも止まらぬ速さでこぶしをテーブルに叩きつけ、耳をつんざく激しい衝撃音をあげて、テーブルは粉々に吹き飛んだ。


 唖然あぜんとする一同。


 そして、無表情のまま、


「ふぉぉぉぉ……」


 と、声を上げると、全身から漆黒のオーラをぶわっと噴き出した。オーラは暴風のように勢いよく噴き出し、書類を巻き上げていく。


 シアンは両手を高々と上げ、


「きゃははは!」


 と、うれしそうに笑い声をあげると、燃えるような紅蓮の瞳を輝かせ、さらに強くオーラを噴き出した。ズン! と衝撃音と共に屋根が吹き飛び、窓ガラスがパンパンと次々と割れていった。


 部屋からは青空が見え、まるで竜巻が直撃したかのようだった。


「うわぁ!」「ひぃ!」


「あわわわわ! ま、魔女だぁ!」


 ジュルダンは腰を抜かしへたり込む。


 シアンは紅蓮の瞳で射抜くようにジュルダンをにらんだ。


「ひぃぃぃ!」


 ガタガタと震えるジュルダン。


 そして、シアンは胸の所から何か黄色い物を出す。


 それはプラスチックでできた可愛らしいアヒルのオモチャだった。


 シアンはアヒルの赤いくちばしにチュッとキスをすると、それをジュルダンの方へ差し出す。


 ジュルダンは何だかわからず、震えながらアヒルを見た。


 直後シアンはギュッとアヒルを潰す。


「ホゲェェェェ!」


 赤いくちばしから奇声を上げるアヒル。


 すると、ジュルダンは淡い光に包まれた。


「な、なんだこれは!? う、うわぁぁぁぁ!」


 ジュルダンがビビった直後、ジュルダンはあっという間に縮んでアヒルに吸い込まれていった。


「悪い子はおしおき! きゃははは!」


 シアンの笑い声が不気味に部屋に響く。


 やがてオーラは消え去り、滅茶苦茶になった部屋の中で、アヒルが動いた……。


「な、なにをするんだ!」


 アヒルがカタカタ揺れながら、可愛い甲高い声で叫ぶ。


「アヒルにしちゃいけないルールもないよね?」


 シアンはうれしそうに言った。


「くっ……! わ、悪かった。許してくれ。レオの奴隷契約も差し出す」


 アヒルはピョコピョコと揺れながら言った。


「これ、どう思う?」


 シアンはウォルターにアヒルを渡して言った。


「お、おい、何するんだ!?」


 アヒルが可愛い声で叫ぶ。


 ウォルターはアヒルをしげしげと眺め、


「これ、どうなってるんですか?」


 と、言いながら、ギュッと握りつぶした。


「ホゲェェェェ!」


 アヒルが奇声を上げる。


「あ、なんか、この声クセになりますね!」


「やめろ! ウォルター! 貴様!」


 アヒルが可愛い声を上げる。


 ウォルターはうれしそうに再度握りつぶした。


「ホゲェェェェ!」


 あまりにも滑稽な奇声に、みんな思わず笑ってしまう。


「はっはっは!」「わははは!」「きゃははは!」


「お、お前ら……ホゲェェェェ!」


 しばらくみんなでオモチャにした後、


「さーて、じゃあ、奴隷契約書はもらってくよ」


 そう言って、シアンは金庫を力ずくでバキバキっと壊して開け、契約書の束をパラパラとめくった。


「おい、何するんだ! 人間には戻してくれるんだろうな?」


 アヒルがウォルターの手の中で、ピョコピョコしながら喚く。


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