3-18. エステルの選択

 システムからは、頻繁に警告のメッセージが出る。


『重大な被害が出るルートです! 衝突回避しますか? はい/いいえ』


 マリアンはそのメッセージのたびに『いいえ』を押し続けたが、そんなことをやっていては逃げられない。


 マリアンは男の死体を片付けると、エステルを呼んだ。


      ◇


「はい、なんでしょうか?」


 ちょっとビビりながら部屋に入ってくるエステル。


「六十一号。ちょっと、この画面で『いいえ』を押し続けてくれる?」


 マリアンにそう言われ、テッテッテと画面の所まで来たエステルは警告文を読んで、


「これ、何ですか?」


 と、聞いた。


「私を殺そうとする悪い奴に天誅てんちゅうを下してるのよ。『いいえ』を押し続けてて!」


「えっ!? そんな悪い人が!? わ、分かったです」


 エステルは正義感に燃え、椅子に座ると、淡々と『いいえ』を選び続けた。


 それを見るとマリアンは、急いで逃げ支度をし、どこかへテレポートして行ってしまった。


 エステルは淡々と『いいえ』を押し続けた。マリアンはエステルの製造者。その命令は絶対だった。


 しばらく押し続けていると、違うメッセージが表示された。


『ミネルバとソータ、二名に重大な命の危険があります。衝突回避しますか? はい/いいえ』


「ソ、ソータ……?」


 その文字を読んだとたん、エステルは動けなくなった。


 理由は分からないが心が頑固としていうことを聞かない。


 『いいえ』を押そうとするがどうしても手が動かず、気が付くと、頬にツーっと涙が伝わってきた……。


「え!? どうしたですか、私?」


 エステルは涙をぬぐい、困惑した。


 ソータという聞いたことのない名前に、なぜこんなに動揺しているのか、エステルは全く分からなかった。


「ソータって誰なんです?」


 涙声で取り乱すエステル。


 しかし、マリアンの命令は絶対だ。押さねばならない。マリアンを殺そうとするこの悪者ソータに正義の鉄槌てっついを食らわせねばならない。


 エステルは何度か深呼吸をし、呼吸を整えると『いいえ』に指を伸ばした。ブルブルと震える指先……、押す、押さねばならない、エステルは力を振り絞って指を前に伸ばした。


      ◇


 ソータとミネルバを乗せたシャトルがジグラートに接舷せつげんした。


 プシュー!


 エアロックが開くと、中は無数のインジケーターがチラチラと明滅し、まるで満天の星々のようだった。


 ミネルバが照明をつけると、中の様子が明らかになった。そこには交番くらいのサイズの円柱状のサーバーがずらーっと見渡す限り並んでいた。足元の金属の金網越しに下を見てもずーっと下の方までサーバーの階層は続いている。トータルで言うと三十階建くらい、各フロアの広さは新宿の街くらいだった。すごい量のサーバー群である。これがスパコン富岳一兆個分のコンピューターシステムらしい。確かにこれだけあれば星を一つシミュレーションすることもできるよなぁ……と、思わずため息をついた。


 入り口の脇にたたみくらいの板があり、ミネルバがしゃがんで説明してくれる。


「これがサーバーのブレードよ。これが円柱にズラッと刺さっているの」


 ブレードには微細な模様がビッシリと施されたガラスで埋まっていて、何がどうなっているのかもわからない。


「これはすごいですね……」


 俺はまるでアートのような美しいガラス工芸品に、感嘆の声を漏らす。


「ここに細工するというのは相当な事なのよ。多分、コネクタ付近に変な部品をつけているんじゃないかしら?」


「で、マリアンが細工したらしいサーバーはどれなんですか?」


 俺はサーバー群を見回すが……あまりに膨大過ぎてしらみつぶしという訳にはいかない。


「魔王が候補を上げてくれてるわ。えーと、まずはF16064-095だって。16階のF列ね。行きましょ!」



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