3-16. 一キロメートルの地球

「さあ! 行くわよ!」


 ミネルバはプリプリしながら金属の廊下をカッカッと歩いて行く。


 急いで追いかけると巨大な窓が見えてきて、外は真っ暗だった。ふと、窓から下を眺めて驚いた。なんとそこには巨大なあおい惑星が眼下に広がっていたのだ。


「うわぁ!」


 そのどこまでも澄みとおる青、圧倒的な巨大さに俺は圧倒された。


 ミネルバはニヤッと笑い、


「ようこそ海王星へ!」


 と、言った。


 窓に張り付いて見ると、まっすぐに立ち上る天の川に、クロスするように巨大な環が十万キロくらいのアーチを形作っていた。大いなる宇宙の芸術に俺は思わずため息を漏らす。


「はい! 行くわよ!」


 ミネルバはカッカッと先を急ぎ、


「あー、待ってください!」


 と、俺は追いかける。


 俺たちが転送されたのは海王星の衛星軌道上の宇宙港スカイポート。直径数キロメートルの巨大な観覧車のような環状の構造物だ。ここから海王星の内部に設置されたコンピューターへとシャトルで向かうらしい。


 無重力の船着き場から六人乗りの小さなシャトルに乗ると、自動的にハッチが閉まり、エンジンがかかって、ゆっくりと加速し始めた。


「なんでこんなところにサーバーがあるんですか?」


「冷たいからじゃないかしら? 氷点下二百度らしいわよ」


「マイナス二百度!?」


 俺は思わずブルっと体が震えた。全ての物が一瞬で凍り付く温度、そんなところへこれから行くらしいが……大丈夫なんだろうか……。


 シャトルはどんどんと高度を落とし、徐々に真っ青な海王星が視野いっぱいに迫ってくる。そして、大気圏突入。シャトルは真っ赤になりながらさらに高度を落としていく。


「なんだかすごいですね! まるでSFですよ!」


 俺が興奮していると、


「これが仮想現実空間だと言ったら信じる?」


 と、ミネルバはニヤッと笑って言った。


「えっ!? 仮想現実空間というのはこれから向かうコンピューターが作ってるものですよね? なぜここも仮想現実空間なんですか?」


 俺は困惑して言った。


「ふふっ。今度女神様に聞いてみるといいわ」


 ミネルバはそう言って、うれしそうに笑った。


 60万年かけて作ったという海王星のサーバー群。それがある世界が仮想現実空間? 俺は彼女が何を言ってるのかわからなかった。


 やがてシャトルはボシュッ! という音を立てて濃い気体の層に突入した。気体はほぼ透明だったが、下の方を見ると青黒くどこまでも続く底なしの闇が見て取れた。本当に、こんな所にコンピューターなんてあるのだろうか?


 俺の不安など無関係に、シャトルはどんどんと潜っていく。


 やがて、真っ暗となり、ヘッドライトは雪が舞い散るような風景を照らしだしていた。


「そろそろ着くわよ」


 ミネルバがそう言って、スマホで魔王と手順の確認をしている。


 やがて見えてきた巨大な黒い構造物……デカい。それは新宿の街がすっぽり入るくらいのサイズの巨大な直方体だった。そして、その直方体がまるで貨物列車のように次々と連なっていた。


「これがジグラート、これ一つで地球一つよ」


 ミネルバが説明してくれる。


「あなたの日本がある地球は……、あれね」


 やがて近づいてきたジグラート。継ぎ目があちこちにあり、その継ぎ目からは白い明かりがほのかに漏れている。ここにはスパコン富岳の一兆個に相当するコンピューターが収められている。


 直径一万二千キロの巨大な青い惑星、地球。多くの生き物と八十億人の人が暮らすその星の実体がこの一キロメートルくらいの黒い箱だったなんて誰が信じるだろうか? 実際に目にしてもまだピンとこないのだ。


 俺はこの中で生まれ、この中で育ってきた……。頭では理解できるものの、どうも実感がわかない。それに、ジグラートは次々と連なっていて数えきれないほどある。一体何個の地球があるのだろう? 俺は圧倒され言葉を失っていた。


 そして、シャトルは減速をはじめ、ジグラートの一つに近づいて行った。



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