1-10. モンスターハウス

 急いで鏡に頭を突っ込んでみると……。


「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!」


 エステルがまたゴブリンたちに囲まれていた。


「グギャケケケ!」「グルグルグル!」「グギャ――――!」


 ゴブリンたちはうれしそうにエステルを取り囲んで雄たけびを上げる。


 エステルは殺虫剤を持っていて、ゴブリンたちに吹きかけているのだが……、全然効いていない。一体なぜだ?


 俺は急いで物干しざおと殺虫剤を手に取るとゴブリンたちに駆け寄り、殺虫剤をプシューっと噴霧した。


 すると、ゴブリンたちは


「グギャァッ!」「ギャァッ!」


 と断末魔の悲鳴を上げ、次々とドス黒く変色し……、溶け落ちて行った。


 やっぱり殺虫剤は効くのだ。しかし、同じ製品の殺虫剤をエステルがかけても効かなかった……。こんな事あるのだろうか?


 俺はいぶかしく思いながらも、エステルに駆け寄った。


「ソータ様ぁ! うわぁぁぁぁん!」


 エステルは思いっきり抱き着いてくる。


 俺もホッとしてエステルをしっかりと抱きしめた。


 温かく、そして柔らかい細身の身体。俺はそれを全身で感じ、無事を喜んだ。


「ヒックヒック……、ごめんなさい、描いた地図を洞窟に落としたままだったので、ちょっと拾おうと出ただけなんです。そしたらいきなりゴブリンが湧いて……」


 エステルは泣きながら説明する。


「これからは一人でダンジョンへ行くのは禁止な」


 俺はぎゅっと抱きしめて言った。


「は、はい……」


 ふんわりと立ち上ってくる甘酸っぱい優しい匂いに包まれて、俺は心から安堵した。


      ◇


 部屋に戻り、オレンジジュースを一口飲んで、エステルが言った。


「私の殺虫剤は効きませんでした……。やっぱりソータ様でないとダメなんです。ソータ様は世界を救う稀人まれびとだったんです……」


 キラキラとした瞳で俺をジッと見つめるエステル。


「いやぁ、そんなことってあるのかな? 誰がかけたって殺虫剤の成分は同じだよ」


「実際、私は効きませんでしたよ!」


「うん、俺も見てた……。なんでかなぁ?」


「ソータ様が稀人ってことです!」


 エステルは両手のこぶしを握って興奮気味に言う。


「うーん、良く分からないけど、エステルは引き続き後衛な。俺が殺虫剤担当で」


「はいっ! 次は天井にも注意するです!」


 エステルはうれしそうに言った。


       ◇


 食後にダンジョンに再エントリーする事にした。


 エステルには俺のパーカーを着せてみる。さすがにブカブカなのでそでを折って着てもらう。エステルはパーカーの匂いをクンクンいでうれしそうにニコニコしている。大丈夫だろうか?


 ダンジョンに潜ると、スライムのいたところに出る。暗闇の危険性はよく分かったので、エステルに照明の魔法を使ってもらい、明るい中を移動していく。


 次々と出てくるコボルトやオーク、ゴブリンを難なく倒しながら進んでいくと、壁面に大きな扉が現れた。


「あー、これはモンスターハウスかもです……」


 エステルが言う。


「何それ?」


「モンスターがうじゃうじゃ大量にいる小部屋の事ですよ。宝も多いですが皆さん結構倒すのに苦労しているです」


「宝!?」


 俺は聞き捨てならない単語に色めき立った。


「そうです、宝箱の中に金貨とかポーションとか、武器とかあるです」


「欲しい! 欲しい! 行こうよ!」


「えー!? ソータ様、安全第一で行くって言ってたじゃないですか」


「殺虫剤が効くなら何とかなるよ。ダメだったら鏡に逃げよう」


「うーん、そうです?」


 エステルは気乗りしない様子だった。でも、お宝を前に素通りはできない。俺は就活をほっぽり出してダンジョンに来ているのだ。何らかの成果を上げない限り、就活に戻らざるを得なくなる。もう『無い内定』の人なんて周りに数えるほどしかいないのだ。


「さぁ、やるぞ!」


 俺はそう言って、くん煙式殺虫剤『バルザン』を取り出した。家全体を煙でいぶすタイプの殺虫剤だ。俺はふたを開けて点火場所をこすって火を起こす……。


 しばらく待っているとブシューと煙が噴き出し始めたので、ドアを少しだけ開けてバルザンを放り込んだ。


 そしてドアを閉め、輪っかになってる取っ手の所に物干しざおを突っ込み、かんぬきのようにしてドアが開かないようにした。


 少し離れて様子を見ていると、ドアが内側から激しい勢いでガンガン! と叩かれ、ドアがきしむ。


「いやぁ!」


 エステルがビビって俺にしがみつく。


 ここは物干しざおに頑張ってもらうしかない。


 魔物の叩く勢いでドアがギシギシと揺れている。


「頼むぞ、物干しざお……」


 俺は手に汗を握りながら推移を見守った……。


「ソータ様ぁ……」


 エステルが震えているので、俺は手をギュッとにぎってあげながらドアをにらんだ。


 徐々に音は弱々しくなり、やがて何の音もしなくなった。


 さて、どうなりましたやら……。


 俺はそっと近づくと物干しざおを抜いた。


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