61話 渚瑛子⑨
「これで――トドメっ」
声とともに撃ちだした魔力の砲撃が、怪物の身体を打ち据えた。
怪物は派手に地面を転がり、わずかな痙攣ののちに動かなくなった。身体が霧散していくのを確認して、ようやく安心する。訓練は集中しきれなかったが、実戦になると身体が動いた。そのことにほっとしながら地面に着地する。
得た願いの力を使って周囲の破損を元通りに直す。ヒューガを頭に乗せて願うことに最初は戸惑っていたのに、今ではさすがになれてしまった。発動までのスピードも上がってきていて、戦闘跡の修復は数秒もかからない。
人的被害もなく、戦闘も比較的スムーズに進めることができた。やっぱりもう少し攻撃力が欲しいところで、そこは課題のままだが。
麻美との待ち合わせまでは時間がある。なんなら家に帰って軽く掃除をする余裕ぐらいならあるかもしれない。
そんなことを考えて、認識阻害を深く入れようとした。
「魔法少女!」
すぐ後ろでそんな声がして、反射的に前方に飛行した。慌てて振り返って、相手を確かめる。
子供がいた。男の子が三人。たぶん、小学校低学年だろう。
地面に足をつけて向き直る。男の子たちは邪気のない笑顔で瑛子を見ていて、どう反応すればいいのかわからずに困惑する。
「……なんか、用?」
「魔法少女でしょ!」
「う、うん。そうだけど」
困りながらも認めると、男の子たちは瑛子に走り寄ってきた。
「すげー、本物だ!」
「どばんってやってよ!」
わちゃわちゃと言ってくる子供たちにえっと、と固まってしまう。子供の相手なんてしたことないし、どうするのが正解なのかわからない。どばんってなに。
男の子たちは三人それぞれが勝手にしゃべっているので何を言われているのかもはっきりとしない。
それでも、一つの単語だけはキレイに耳に届いた。
「飛行機、すごかった!」
「……っ」
左にいる男の子だ。瑛子が視線を向けると、無邪気そうに眼をぱちくりとさせた。
「飛行機……」
「うん、飛行機どかんってやったの、すごかった!」
「……私じゃない」
「じゃあ誰なの?」
「……わかんないよ」
「おねえちゃんも飛行機どかんしてよー!」
「やるわけないでしょ!」
瑛子が怒鳴ると、話していた男の子の顔がたちまちに歪んだ。やばい、と取り繕うとするより先に男の子が大声で泣き始めた。
「あ、ごめん、ねえ……」
他の男の子に助けを求めようとしたのだが、そちらも思い切り顔をくしゃくしゃにしていた。
まずい、と思った瑛子の予感を実現させ、他の男の子たちも泣き出してしまった。
「な、泣かないで……怒鳴ってごめん……ねえって」
瑛子の言葉は泣き声にかき消されて、男の子の泣き声だけが響く。
困り果てて立ちつくしていると、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。
「大丈夫か!?」
大人の男性だ。
怪物は斃したのだから大丈夫は大丈夫なのだが、たぶんそういう意味ではなさそうな気がする。
走ってきた男性は男の子たちと瑛子の間に入って、庇うように腕を広げた。
「なにをしてるんだ!」
「何も、してないです」
「泣いてるだろ!」
「そうですね……」
まだ泣き止む気配もないので、そこは認めるしかない。
だが、まるで瑛子を危険人物のように扱うのは納得ができない。瑛子はただ魔法少女として怪物と戦っただけなのだ。
「あの、私はここに出た怪物を斃しただけです。この子たちは……ちょっと失礼なことを言われて……」
「子供がなにか言ったぐらいで泣かせるのか」
「いや……」
言い返せず、言葉が続かない。怒鳴ったのは悪かったとは思うが、どうしてこんな風に言われなくちゃいけないのだろうか。
どうしよう、と考えていると傍らから声がした。
「瑛子、行きましょう」
「……ヒューガ」
瑛子の肩に乗ったヒューガに目を向ける。
「待ち合わせに遅れるわよ」
「……うん」
頷いて、認識阻害を深く入れる。瑛子の姿が見えなくなったことで、男性は驚いたようにあたりを見回している。
地面を蹴って、ゆるやかに宙へ飛ぶ。十分な高度になるまで男性を見ていたが、瑛子がいなくなったと判断して男の子たちに何か呼びかけているようだった。
家へ飛行しながら、内心ももやもやが溜まっていくのを感じる。
怪物を斃す姿を見せれば、少しは事態が好転するんじゃないかと期待していた。実際に怪物を斃したが、果たしてこれでなにか変わってくれるだろうか。
小さい子供にムキになったのは悪かったかもしれないけど、だからといってあんな警戒心をあらわにしなくてもいいじゃないかと思う。
魔法少女として戦う姿を見せるだけではダメなのだろうか。瑛子は、かりんの戦う姿に元気をもらってきた。同じようにしたいと思っているのに。
かりんにはなれないのかもしれない、と思うと気持ちがもっと沈んだ。
待ち合わせの場所にはすでに麻美が立っていた。瑛子を見て、にこりと笑う。
瑛子は麻美に駆け寄って、腕を取ってぎゅっとしがみついた。
「な、なに?」
「こうしたいの」
「まあ……いいけど」
明らかに困っている麻美に構わず、腕をとったまま歩いていく。
向かったのはたまに来る回転寿司だ。麻美は外食といえば回転寿司といっていいぐらい連れてくる。瑛子も好きだしいいのだけど。
平日でも食事時の時間なので、家族連れの客が何組も見られた。瑛子と麻美は……親子に見えるだろうか。
見えるといいな、と思う。
「なんにする?」
「いつもの」
瑛子に訊いた麻美は、手際よくタッチパネルを操作する。瑛子のいつものは、サーモンとオニオンサーモンだ。
麻美はいつもうなぎを2皿頼む。こんなルーティーンも、すっかりなじんでしまった。
「怪物、出たんだけどさ」
「ああ、みたいだな。魔法少女が斃したって」
「うん、そうなんだけど……」
云い淀む瑛子に、麻美は疑問そうに目を瞬いた。
感じているもやもやをどう表現すればいいのかわからず、ただ思うままを言葉にする。
「魔法少女、頑張ってる」
「ん? ああ」
「……なんで悪く言われなきゃいけないんだろ」
「悪く言うやつばっかじゃないだろ」
「そう、だけど……」
来る途中にちらっと見ただけだが、瑛子が怪物を斃した情報まではSNSで見ることができた。そのあとの男の子たちとのことを話している人は見つからなかった。少しほっとしたが、もやもやが晴れるほどではない。
魔法少女のアニメでも、良い魔法少女と悪い魔法少女がいる。現実だって、良い人と悪い人がいる。魔法少女の中に悪い人がいるとしても、それだけで魔法少女を悪く見るのはおかしい気がする。
ということを言ってしまいたいが、うまく話せる気がしなかった。というか、勢いで魔法少女であることも話してしまいそうですらある。
言葉が止まった瑛子をそのままに、麻美はあっさりと話を変えた。
「てかさ、瑛子今月誕生日だろ」
「あ、うん」
「なんか欲しいものあるか?」
「……別に」
「なんかあるだろ」
遠慮するなとばかりに言ってくるのだが、考えても特に思いつかない。強いて言えばテレビで見た最新の掃除機が欲しいかもしれないが、そういうものでいいのだろうか。なんか違う気もする。というかすごく高かった。
麻美は瑛子が何かをいうのを待っているようで、じっとこちらを見ながらうなぎを口に入れている。
少し考えて、一つ思いついた。けれどそれは口にはできず、別のことを言ってみた。
「遊園地、行きたい。麻美さんと」
「遊園地……そんなの誕生日じゃなくたって連れてってやるけどな」
「いいでしょ、行きたいの」
「わかったわかった。んじゃ今度の休みに行くか」
「うん!」
もやもやは消えないものの、少し楽になってしまった自分を認める。
麻美と今度、という予定があることが瑛子にとっては嬉しい。
(ずっと、麻美さんの家にいたい)
言えなかった言葉を飲み込み、寿司を手に付ける。
麻美の家で暮らすようになって二年と半年。その前に住んでいたところの記憶は、すでにだいぶ薄れてしまっている。
生まれてずっと一緒に暮らしていた母親の顔も、少しぼんやりとしていた。
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