51. 桜吹雪
「さてさて、いよいよ女神の降臨だぞ!」
満天の星々の中、真っ赤になって鮮烈に光るマグマの球、地球に背を向け、魔王は宙を仰いだ。
やがて、たおやかに流れる天の川の淡い濃淡の間から、すい星のように光の筋が迫ってくるのが見える。
レヴィアは苦々しい表情で光の筋を目で追いながら、何とか手首をしめつけるバンドを取れないかモゾモゾとあがいてみた。しかし、手首に食い込むバンドはビクともせず、ギリッと奥歯を鳴らす。
ポケットのクリスタルスティックに手が届きさえすればドラゴンになれる。レヴィアはバレないように慎重にゆっくりと身体をひねりながら、そっと指先を伸ばした。
そうこうしているうちに光の筋は徐々に大きくなってきて、一行のそばまでやってくると、上空で止まる。それは黄金色に輝く光でできた乗り物のようで、中に人影が動いてが見えた。
やがて白い階段が乗り物からツーっと伸びてきて一行の所へと降りてくる。途中シールドがあるのだが、干渉せずにすり抜けて通路を作り上げた。その物理法則を超越した出来事をレヴィアはウンザリしたような顔をして眺める。
降りてくる人影、それはチェストナットブラウンの髪を揺らす美しい女性だった。透き通るような白い肌に整った目鼻立ち、そして琥珀色の美しい瞳が印象的である。純白のボディスーツの上にキラキラと黄金に輝くレースのドレスをまとい、髪には金色の髪飾りが少し浮いてゆったりと回っていた。
レヴィアは険しい目で女神をにらむ。五百年前、自分たちを流刑地送りにして多くの同胞を殺した憎い相手である。キッチリと言うべきことを言わねば気が収まらなかった。
まるでファッションショーのように優雅に腰を振りながら階段を降りてきた女神。シールド内に魔物が多くいて死体が転がっていることをいぶかしそうに眺めると、魔王を見つけ、
「あら、グシタムじゃない。どういうこと?」
と、つまらなそうに肩をすくめた。
「ヴィーナ様、お久しぶり。そろそろ刑期も満了かと思いまして……」
「そうだったかしら? 何だか全然反省しているように見えないんだけど?」
ヴィーナはチェストナットブラウンの髪を軽く指先で持ち上げながら、英斗の遺体を見つめて眉をひそめ、次に縛られて転がっている紗雪とレヴィアを眺めた。
「いや、千年は短くないですよ。ちょっと成果を見てくださいよ」
そう言うと、星空を指さした。その先には虹色に光の玉があり、そこからオーロラ状の光のリボンがゆったりと伸びてきた。
レヴィアはそれを見て焦り、
「ヴィーナ様! 見てはいけません!」
と、叫んだ。
「え? あのオーロラがどうかし……」
そう、答えかけたヴィーナは、まるで時が止まったかのように琥珀色の瞳を見開いたままピタッと止まってしまった。
レヴィアは目をギュッとつぶってため息をつく。女神に文句はあるが、魔王のペースになる方がよほど問題に思えたのだ。
「クフフフ……、はっはっは!」
魔王は愉快そうにひとしきり笑うと、微動だにしないヴィーナに近づき、何かのケーブルを伸ばすと、いきなりケーブル端子を持った手をヴィーナの脇腹にズブリと潜り込ませた。
その異様な光景にレヴィアは戦慄を覚え、一体何が始まるのかその不気味さに冷や汗を流す。
瞬き一つしないヴィーナにケーブルで繋がったタブレットを、上機嫌でタンタンと叩く魔王。
やがていやらしい笑みを浮かべると、
「クフフフ……、これで俺様の勝ちだ」
と、ニヤニヤしながらヴィーナからケーブルを引き抜いた。
やがて動き出すヴィーナ。
ヴィーナは違和感を感じ、眉を寄せて小首をかしげ、魔王をにらんだ。
しかし、魔王は逆ににらみかえすと、
「ヴィーナよ、長い間いたぶってくれたなぁ、オイ!」
と声を荒げた。
「あら……あたしを
ヴィーナは琥珀色の瞳を光らせてギロリとにらむ。
「今、この瞬間からさ。ヴィーナ、お前はもう俺の支配下だ」
「何言ってんの? 身の程知らずが!」
ヴィーナは怒りをあらわにすると、手を前に出し、手のひらの上に、まるでお盆を持つようにピンク色の魔法陣を浮かび上がらせた。
直後、魔法陣からは無数のピンクの花びらがブワッと噴き出し、竜巻の様に渦を巻きながら星空に吹き上がった。辺りにはハラハラと花びらが降り注ぐ。
「
ヴィーナはそう叫ぶと魔法陣を魔王やゴリラたちの方に華麗に舞わせた。刹那無数の花びらが花吹雪となって魔王たちを襲う。花びらは淡くピンクの光を放ちながらまるで刃物のように空気を切り裂きながら無数、魔王たちを目指した。
満天の星空のもとに舞うピンクの花吹雪。それは幻想的な美しさを放ちながらその場を支配する。
ゴリラたちは花びらを手で払い落そうとしたが、あまりの数に対応ができず、花びらの吹雪に埋もれ、無数の四角いブロックノイズを浮かべながら次々と消えていった。
しかし、魔王は健在だった。確かに花びらは無数直撃しているのだが、全く効き目はなかったのだ。
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