50. 人類最後の一人

 月の接近に伴なって、地球の大気も海も陸地も月へと引き寄せられ、月に近い側の地球表面が荒れ始めた。


 宇宙から見ていると些細な動きにしか見えないが、きっと荒れ狂う暴風と巨大津波で多くの死者が出てしまっているだろう。


 覚悟していたこととはいえ息苦しくなり、英斗は思わず胸に手を当てて何度も深呼吸をした。


 やがて、激しい閃光が月と地球の間に放たれ始める。大気圏突入である。あと数十秒で衝突だ。


 見続けられず英斗に抱き着いていた紗雪は、チラッとその様子を見るとハッと息をのみ、英斗の胸にまたギュッと抱き着く。


 英斗はそんな紗雪の髪をなでようとしたが、手がブルブルと震えてしまってうまくできず、自然と溢れてくる涙で頬を濡らした。


 次の瞬間、爆発的な光の洪水が宇宙を輝きで彩り、英斗はあまりのまぶしさにギュッと目をつぶった。


 強烈な輝きが衝突個所を中心に辺りを光で覆いつくし、そこから跳ね上げられる灼熱のマグマはリング状に宇宙へと爆散し、まるで王冠のように美しく衝突を彩った。


 大地はめくれ上がり、衝突個所から同心円状に地上を灼熱のマグマの海へと変えていく。


 英斗はそのとんでもないエネルギーの織りなす天体ショーをボーっと見つめ、破滅の美の黒い誘惑に心を奪われていた。


 宇宙に届く大津波が太平洋を徐々にマグマの海へと塗り替えていき、やがて、地球は真っ赤に輝く灼熱の玉と化した。もはや生き残っている生き物などいないだろう。


『やってしまった……』今さら後悔など何の意味もないことはよく分かってはいるが、英斗はあまりにも衝撃的な地球の破滅に心の置き場がなく冷汗をタラタラと流した。


「さて、女神の登場を待つばかりじゃな」


 レヴィアは腕組みをしてポツリと言った。


「僕と紗雪だと二人ですが……出てきてくれますかね?」


「わからん。女神なぞ呼んだことないからな」


 肩をすくめて首を振るレヴィア。


「その時は私を殺して……」


 紗雪は英斗を見上げて言った。


「いや、僕が死ぬよ」


 英斗はそう言って震える紗雪の髪をそっとなでる。


 その時だった、いきなりシールド内に笑い声が響いた。


「はっはっはー! じゃあ死ね!」


 慌てて声の方を見ると、魔王が魔物たちを引き連れてレーザー銃を構えている。


 なぜ、ここにいることが分かったのだろうか? 一行は唖然とし、言葉を失う。


 バン! という衝撃音とともに太ももに激痛が走り、英斗が崩れ落ちる。


「くぅっ! な、なぜ……?」


 直後、ワラワラと一つ目ゴリラの大群が紗雪とレヴィアに襲いかかった。いきなりの事態に二人は全く対応できず、屈強なゴリラの腕力の前にあっさりと確保され、手足を縛られ転がされる。


「特異点君、こないだはいいようになぶってくれたな? オイ!」


 魔王はツカツカと歩きながら再度レーザーを発射した。


 がはっ!


 英斗の太ももの肉がはじけ飛び、血が噴き出す。


 英斗は激痛に意識が飛びそうになりながら必死に歯をギリッと鳴らしたが、なすすべがない。万事休すである。


 今まさに死の淵に追い込まれた英斗は、耳がツーンとなって音がボワボワと反響し、時間がゆっくりと流れているように感じた。


 魔王は英斗のすぐそばに立ち、眉間に照準を合わせると、


「女神を呼ぶ条件を俺が満たしてやろう。クフフフ」


 そう言って引き金の人差し指に力をこめる。


「やめてぇ!」


 紗雪が縛られたまま、必死に体をくねらせながら魔王の足元に近づいてきた。


 魔王は汚らわしいものを見るような目で紗雪をチラッと見下ろすと、何も言わず、紗雪の頭を蹴り飛ばした。


 かはっ!


 ゴロゴロと転がった紗雪の口からは真っ赤な鮮血がタラリと垂れ、脳震盪のうしんとうを起こしたようにブルブルと震えている。


「何すんだ……」


 英斗が魔王の足につかみかかろうとした時、バン! と衝撃音が響いた。


 大事なところの破片をまき散らしながら崩れ落ちる英斗は、床に転がりビクビクと痙攣けいれんするばかりの肉隗にくかいへとなり果ててしまう。


「え、英ちゃん……」「小僧……」


 あまりの出来事に紗雪もレヴィアも現実が受け入れられず、ただ、呆然として転がっていた。


 頭にレーザーを食らってしまった英斗は、こうして十五年の短い人生を終えたのだった。



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