48. 紗雪の決意

「タニアぁ……」


 宇宙に飛ばされた幼女は即死なのだ。生き返りもしない。頭ではわかっていても英斗はどこか奇跡を期待してしまう。


 英斗はバっと毛布をかぶり、ひとしきり泣きじゃくると、涙でグチャグチャになったまま睡魔に流され、眠りへと落ちていく。


 病室にはピッピッピというヘルスメーターの電子音だけが静かに響いていた。



      ◇



 紗雪の回復を待ち、数日後、三人は日本へと戻る――――。


 ゲートをくぐるとそこは一面瓦礫のだらけの大地が広がっていた。


「えっ!? ここが、うちの街?」


 英斗は焦げた臭いに覆われた惨状に驚いて辺りを見回す。


 いくつか建物は残っているが、窓枠の向こうには青空が広がっており、裏側は崩れてしまっているようだった。


 瓦礫には黒いすすがべっとりと付き、ガラスは全て溶けて流れ、灼熱にさらされ、破壊されたすさまじい惨状を物語っている。


 また、遺体の一部と思える見てはいけない物もあちこちに見受けられ、英斗は目をつぶって大きく深呼吸を繰り返すと、手を合わせた。


「あれ、何かしら?」


 紗雪が震えた声で遠くを指をさす。その先には煙が一条空へとたなびいていた。


「生き残りかもしれんのう。行ってみるか……」


 レヴィアはウンザリとした様子で歩き出す。


 道には電信柱が倒れ、潰れた車が黒焦げになって転がり、ビルのがれきがあちこちで山になっている。紗雪はピョンピョンと飛び越え、英斗とレヴィアは苦労しながら後を追った。


 果たして、煙は崩れたショッピングモールから上がっていた。つい先日まで多くの家族連れでにぎわっていた華やかなショッピングモール【アエオン】も、今や廃墟同然である。


 生き残りがあそこで生活しているに違いない。


 一行は無言で【アエオン】を目指した。



       ◇



 もうすぐでショッピングモールと言うところまで来た時のこと。


 タッタッタ……。


 どこからか足音が聞こえた。


 一行は立ち止まり、お互いの顔を見合わせる。


「おい! 動くな!」


 崩れたビルの上から若い男の声がする。


 慌てて見上げると、刺青をしてバンダナをかぶった男がボウガンを構えてニヤニヤしている。


「な、なんだ。生き残りか?」


 英斗は怪訝そうな顔で聞く。


「【アエオン】はおれらの縄張りしまだ。勝手に近づくんじゃねーぞ!」


 男はクッチャクッチャとガムを噛みながら言う。


「そうか、悪かった。【アエオン】には用はない。立ち去るよ」


 事を荒立てたくない英斗は両手を上げて戻ろうとした。


「おーっと! 女どもは置いてってもらうぜぇ」


 すると、似たような格好した半グレっぽい連中が瓦礫の裏から次々と顔を出し、日本刀や斧を見せびらかしながら英斗たちを囲み、いやらしい笑みを浮かべた。


「ちびっこいのはまだ早そうだが、JKは随分な上玉。いい声で鳴きそうだ。グフフフ……」


 バンダナ男がいやらしく笑う。


 英斗は肩をすくめ、首を振る。欲望のままに暴虐を働くクズども、これが人間という生き物の本性なのかと、心底ウンザリしたのだ。


 直後、ボン! と爆発音が上がり、上空に巨大な漆黒のドラゴンが現れる。


 へ? はぁ?


 男たちは目を丸くして固まった。


 直後、ギュォォォォ! というすさまじい重低音の咆哮が響き渡る。


「誰が『早そう』じゃって? このクソたわけが!」


 レヴィアは大きな翼をゆったりとはばたかせながらそう叫ぶと、くるりと素早く回転し、その巨大なシッポを鞭のようにしならせながら、男たちのいる一帯を吹き飛ばした。


 ぐはぁぁぁ! うぎゃぁぁ!


 男たちはあっさりと吹き飛ばされ、


「化け物だ! 逃げろ! 逃げろー!」


 と、慌てて逃げていく。


 レヴィアはギュァァァ! と、雄叫びをあげ、逃げていく男どもを睥睨した。


 紗雪は座り込み、うっうっう……と涙を流し始める。


 英斗は紗雪の手を取り、優しく両手で包み込んだ。


 自分たちの街が廃墟と化し、生き残りも半グレに支配されている。それは想像以上の絶望だった。


 女神には何とかしてこれを復旧してもらうしかないが、その道のりも見えてこない。英斗も目をつぶって大きく息をつき、肩を落とした。


「一回滅亡、、させましょ」


 紗雪がつぶやいた。


「え?」


 英斗は驚いて聞き返す。


「あんな奴ら一回死ねばいいのよ!」


 紗雪は涙をポロポロとこぼしながら叫んだ。


 英斗はなんて答えたらいいか分からず、言葉に詰まる。確かに確実に生き返るのであれば一度殺すというのは選択肢だ。しかし、女神に会えるかも、復旧してもらえるかもわからない状態で残っている何億人を全員殺すわけにはいかないのだ。


「いや、ちょっと落ち着いて」


「じゃあ、どうすんのよ! パパもパパもみんな死んじゃったのよ? 理想語ってる場合じゃないわ!」


 紗雪は真っ赤な目で英斗に食って掛かる。


 英斗はそんな紗雪をそっとハグし、


「わかった。今日はもう帰ろう」


 そう言って泣きじゃくる紗雪の背中を優しくさすった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る