47. 破局的噴火

「金星へはどう行くんだ?」


 英斗の問いかけに、魔王はふぅとため息をつき、偉そうに答える。


「今、ここを動かしているコンピューターをハックして上位階層へ行くしかない。だが、千年やってるのにまだ成功していないんだ。お前らじゃ無理、諦めろ」


 英斗はムッとしてニードルガンを構える。


「あわわわ、ちょっとそれ痛いからやめて!」


 魔王はおびえた様子でうねうねと芋虫のように動いた。


「で、女神を呼ぶにはいったん全人類を滅ぼすしかない……、そういう事だな?」


「そうだよ! 最初からそう言ってんじゃん!」


 なじってくる魔王に、英斗は半ば無意識にニードルガンを放った。


 ぐはぁ!


 魔王は痛がっているが、英斗は人類を滅ぼさねば次へ行けないことで頭がいっぱいだった。


「面倒なことになったのう……」


 レヴィアは涙目になっている魔王を見下ろしながらつぶやく。


「こいつの金星へのアプローチのやり方をちょっと見せてもらいましょうか?」


 英斗の提案に、レヴィアが腕を組みながら、


「確かに。まだ地球には何億人も残っておるから、殺すのは避けた……、あれ……?」


 そう言っている時だった。ゴゴゴゴと地響きが聞こえてきた。


「な、なんですかこれ……」


 英斗はレヴィアと顔を見合わせる。その間にも地響きは大きくなり、地震のように揺れ始める。


「まさか……」


 英斗が魔王を見下ろすと、魔王は勝ち誇ったようにニヤけていた。


 英斗はニードルガンで脚を撃ち、


「貴様! 何やった!?」


 と、叫ぶ。


 魔王は痛みで顔を歪ませながらも余裕を見せ、


「俺が窮地に陥ったとAIが判断したら自動的に噴火するようになってんだよ」


 と言って鼻で笑った。


 ここはまさに火山のど真ん中。噴火したら木っ端みじんである。


 レヴィアは真っ青になると、


「ダメじゃ! すぐに逃げるぞ!」


 と言って、弱っている紗雪の手を取り、裏のドアへと走り出す。


「このオッサンも連れてかなきゃ!」


 英斗はそう叫んだが、レヴィアは、


「馬鹿もん! 噴火に巻き込まれたら上手く生き返れないかも知れんぞ! 急げ!」


 と、叫びながらドアの向こうの階段を駆け上っていってしまった。


 魔王を見れば薄笑いを浮かべている。きっと噴火に巻き込まれても大丈夫な策を隠し持っているのだろう。


 せっかく捕まえた地球復活のキーマンである魔王。ここで逃がしてしまうのはあまりにも惜しいが、揺れはますます激しくなって天井からもバラバラとかけらが降り始めている。こんな太ったオッサンを担いで逃げるのはとてもできそうになかった。


 溶岩流の中に巻き込まれたら、それこそ地面の下で何万年も閉じ込められてしまうかもしれないのだ。それだけは絶対に避けねばならない。


 くっ!


 英斗は断腸の思いで駆け出し、レヴィアの後を追った。



      ◇



 激しく揺れる螺旋らせん階段をぐるぐると回り、たどり着いた非常口。


 レヴィアがガン! と開けると青空が広がる。そこは火山の中腹だった。


 一行はドラゴン化したレヴィアの背中に乗り、一気に空へと飛び出す。


 直後、ズン! と激しい衝撃波が一行を襲い、真っ黒な噴煙とともに火山全体が破局的な大噴火を巻き起こした。


 一瞬視界が全て真っ暗になり、マグマの雨が降り注いだが、レヴィアは巧みにシールドを張りながら力強く羽ばたき、何とか脱出に成功したのだった。


 人類再生の手掛かりである魔王はマグマの中へと消え、タニアも失った。その厳然たる事実は英斗の心に刺すような痛みを走らせる。英斗は自分のふがいなさに絶望し、レヴィアの鱗のトゲを抱きながら静かに涙を流した。



       ◇



 エクソダスに戻ると英斗と紗雪は病室でメディカルチェックを受ける。


 特に紗雪は心身ともにボロボロで、ベッドに横たえるとすぐに意識を失ってしまった。


 たくさんの管に繋がれて生気を失った紗雪の顔をしばらく眺め、英斗は大きく息をつく。


 紗雪の毛布を丁寧に整えて、英斗は自分のベッドの毛布に潜った。


 みんな想像以上の活躍をしたと言っておかしくない。それなのに、またしても魔王を取り逃がしてしまった。この無慈悲な現実は英斗に重くのしかかる。


 何がいけなかったのか? どうすればよかったのか? そんなことをグルグルと考えて悶々とする英斗。


 ただの高校生にできることなど限られている。どうしようもなかったとしか言いようがない。


 だが、心はそんな簡単に割り切れないのだ。特にタニアを失ってしまったことがどうしようもなく心を絞めつけていた。


 その時だった。


『パパ、パパ』


 かすかにそんな声が聞こえた。


 えっ!?


 英斗は驚いてバッと跳び起き、


「タ、タニア……?」


 と、病室内を見回す。しかし人影は見えない。


「い、いるんだろ……、おい……」


 英斗はよろよろと立ち上がり、涙をポトポトと垂らしながら、必死にベッドの下までくまなく探した。


「おい! タニアァ!」


 だが、どんなに探しても幼女などいない。英斗は頭を抱えてしばらく動かなくなり、そのままバタリとベッドに倒れ込む。


 くぅ……。


 いつの間にか、あのプニプニほっぺの可愛い幼女が、自分の心の中でどうしようもないほど大きくなっていたことを知り、英斗はむせび泣いた。

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