44. 自分の順番

「英ちゃーん!」


 紗雪は必死に床に張り付いて何とか耐えようとしていたが、吸い込む風が強すぎてじりじりとゲートへと引き寄せられていく。


「さ、紗雪!」


 英斗は叫んだものの、自分自身床に張り付いていることしかできない。とても助ける余裕などなかった。


「いやぁーーーー!」


 紗雪の悲痛な叫びが英斗の心に突き刺さる。


 大切な人の死が目前に迫っているのに何もできない。英斗は無力な自分の情けなさに涙をポロポロとこぼし、ギリッと奥歯を鳴らすと、顔を上げ、叫んだ


「魔王! わかった。部下にでもなんでもなるからゲートを止めてくれ!」


 しかし、魔王は何も答えない。ただ、ニヤニヤと紗雪がどんどんと吸い込まれて行く様子を眺めるばかりだった。


 もう紗雪が吸い込まれるまで何秒もない。吸い込まれたら確実な死あるのみ。なのに英斗には打てる手がもう何もなかった。


「魔王! 貴様、呪ってやるー!」


 英斗は絶望の中、絶叫した。


 と、その時、金色に光る小さな人影が紗雪の元へと飛んでいき、直後、紗雪を英斗の方へと動かし始めた。


 えっ!?


 驚いて目を凝らすと、それはタニアだった。


 タニアは肉球グローブを金色に光らせながら床に爪を立て、ものすごい風圧をものともせず、チャカチャカチャカと軽快に英斗の方へと進んで行く。


 近づいたところでタニアは器用に紗雪を放り投げ、


 キャハッ!


 と、嬉しそうに笑った。


 英斗はあわてて紗雪の腕をつかみ、グイっと引っ張り寄せる。


 だが、悪夢は終わらない。


 バン! という爆発音がして驚いて顔を上げると、意識を失ったタニアの身体が宙に浮き、そのままゲートへと吸い寄せられていくのが見えた。


「タ、タニア?」


 その一瞬の出来事に英斗は頭が付いていかなかった。


 まるでスローモーションのようにくるくると回りながら宙を舞うタニア。


 かわいいプニプニとしたほっぺ、モミジのような手が死神の標的となってしまった。


 やがてタニアはすぅっとゲートの中に吸い込まれ、バリバリっと瑠璃色の輝きが明滅する。


 あ……、あぁ……。


 言葉を失い、ただ、タニアが消えていったゲートを見て唖然とする英斗。


 魔王がレーザー銃を撃ったのに違いない。


 タニアは逝ってしまった。もうあの人懐っこい笑顔を見ることはできない。『パパ、パパ』と、うるさいくらいにまとわりついてきた天使のような微笑みはもう失われてしまったのだ。


 紗雪はガタガタと震え、現実を受け入れられずにただ静かに涙を流している。


 英斗はキッと魔王を見上げる。


 涙目で揺れる視界の向こうで、魔王は手にレーザー銃を構え、満足そうにニヤけていた。


「お、お前ーー!」


 英斗は吠える。悪逆非道な魔王のサイコパスっぷりに、幼女に助けてもらうばかりだった自分の無力さに、全てがどうしようもなくムカついてただ、吠えるしかできなかった。


「うるさいなぁ。君にも静かになってもらおう」


 魔王はやれやれという感じで銃を英斗の方に向ける。


 くっ!


 英斗は紗雪を抱きかかえながら強風の中を駆け出す。


 バン! という爆発音が足元で炸裂し、英斗は肝を冷やしたが、何とか物置の裏に飛び込む。


「はっはっは、無駄なあがきだな。それそれ!」


 魔王は楽しそうにレーザーを放ち、物置は爆発しながら屋根が飛び、扉がはずれ、少しずつ小さくなっていく。


 出口は閉ざされ、辺りは死の暴風が吹き荒れ、上からはレーザー攻撃。決定的な窮地に追い込まれ、英斗は自分の首に死神の手がまとわりつき始めたのを感じた。


 紗雪を見ると、ガタガタと震え、ただ涙を流すばかりである。


 バン! と、目の前の板に大穴が開き、もはや万事休すだった。


 英斗は少しひんやりとする紗雪の身体を抱き寄せ、何も言わずギュッと抱きしめる。紗雪の震えがどうしようもない死への恐怖を伝えてくるが、それに負けないように英斗は力強く抱きしめた。


『死ぬなら一緒に殺してほしい』英斗は絶望の淵でそんなことを思いながら、ひたひたと迫ってくる死のタイミングを待った。パパもママも友達もみんな死んでしまっているのだ。ついに自分の順番が来たに過ぎない。


 英斗はそんな諦観の中で迫りくる魔王の銃撃音を聞いていた。


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