36. 【戦闘準備】
ベースキャンプから工作隊によって何キロも掘られたトンネルを、速足で進む一行。暗く、足場は悪い中を少しかがみながら進むのでかなり疲れるが、そんなことも言っていられない。
小一時間進んだだろうか、向こうの方に明かりが見えてきた。ようやく出口らしい。
英斗は一瞬安堵したが、これから苛烈な命のやり取りが始まることを思い出し、キュッと唇をかんだ。
出口の所では、ヘッドライトつきヘルメットに泥だらけのつなぎを着た工作隊の若い男たちが待っていた。夜通し穴を掘り続けたその表情には疲れが見えるが、それでも重要な仕事をこなした達成感が浮かんでいる。
「棟梁! 皆さん! 託しましたよ!」
代表の男はヘルメットを脱いでそう言うと、背筋を伸ばし胸に手を当て、他の男も続いた。前回、魔王城を崩壊させた一行の功績は龍族の中ではとても高く評価され、今回もみんなの期待が英斗らに向けられている。五百年間苦しめられたにっくき魔王城から魔王が逃げ出す動画は、みんなが何度も再生していた程だった。
「任せとけ! 五百年の恨み、キッチリ晴らして見せる!」
レヴィアはそう言って代表の男の肩をバシッと叩き、サムアップすると、はしごを登って地上を目指す。成功確率なんて高くない挑戦ではあるが、リーダーとしてはそう言う以外ないのだろう。英斗は上に立つ者の辛さをひしひしと感じた。
英斗も激励を受け、軽く会釈をすると逃げるようにレヴィアに続く。
もう自分たちの挑戦には多くの人たちの希望がかかってしまっている。人類のためだけではなく、必死に道を切り開いた彼らや黄龍隊のためにも結果を出さねばならない。
英斗はどんどんと積み重なる重圧に押しつぶされないよう、必死に深呼吸を繰り返し、成功を祈った。
◇
はしごを登りきって穴を抜けると、そこは
時折、ドーン、ドーンと戦闘音が聞こえてくるが、シールドの向こうでの音はあまり伝わってこないようだった。
少し歩くと、高い木々のさらに上に、荒々しい岩肌を見せる火山がそびえているのが見えてくる。魔王はここにいるのだ。
先頭を歩いていたレヴィアはくるっと振り返り、
「よーし、お前ら戦闘準備!」
と、紗雪と英斗を見てニヤッと笑う。
え?
ポカンとする英斗の手を紗雪はキュッと握ると、
「行きましょ!」
と、言って、そばの大樹の裏へといざなった。
英斗はようやくどういうことか理解した。これからの戦いに向けて気を引き締めているのに、この【戦闘準備】はそれとは逆の力を揺り起こす。
英斗は赤くなって何も言わず紗雪について行った。
木陰に入ると、紗雪は英斗に振り返り、
「いよいよ……だね」
と、言ってうつむく。人類の未来がこの一戦にかかっているという事実が紗雪の心に重くのしかかっているように見える。
英斗は気持ちをほぐそうと、おどけた調子で、
「魔王捕まえて女神の居所を吐かせる……簡単なお仕事だよ」
と、肩をすくめた。
「簡単って……、もう……」
紗雪は口をとがらせ、ジト目で英斗をにらむ。
「人間はできることしかできない。できることを丁寧に積み重ねていく事にフォーカスした方がいい、って塾の先生は言ってたよ」
英斗は諭すように言った。
紗雪はしばらく考え込み、
「そうね……。できることしかできないもんね……」
と、うなずくと、つきものが落ちたようにニコッと笑い、
「きて……」
と、両手を伸ばした。
英斗もほほ笑むとそっと唇を重ねる。
これから始まる限界を超えた最難関の挑戦。そのプレッシャーを吹き飛ばすように二人はお互いの想いを確かめ合った。
◇
タニアにも【戦闘準備】を施した後、一行はドラゴン化したレヴィアに乗り、一気に火山へと舞い上がる。
ステルスのシールドを展開して気づかれないようにして、一気に高度を上げていく。切り立った溶岩でできた火山は赤茶けた岩がゴロゴロとしていて草一つ生えていない。
こんな殺風景な火山のどこに魔王は潜んでいるのだろうか?
硫黄の臭気漂う中、英斗は辺りを見回し、顔をしかめた
「おっ! どうやらあそこのようじゃな」
峰の連なる少しくぼんだ所に隠れるように洞窟が開いているのをレヴィアは見つけた。入り口には巨大な魔物が二体立っている。
魔物は巨大な岩でできた胴体に手足が生え、円筒形の首が乗っている。
レヴィアは岩陰に着陸すると、三人を下ろした。
「ゴーレムじゃな。とてもワシらでは倒せん」
そう言いながら肩をすくめるレヴィア。
ドラゴンブレスの炎でも平気な体躯に、強烈なパンチ力、そして高出力のレーザー攻撃。ゴーレムは極めて厄介な相手だった。
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