33. 可愛いスライム
「み、みんなは……?」
英斗は傷だらけの身体を何とか持ち上げ、足を引きずりながら斜面を登り、稜線を目指す。
林を抜けると、レヴィアが倒れているのが見えた。巨大なドラゴンのどてっぱらに大穴が開き、おびただしい血が流れ出している。地面には血液がまるで小川のようにちょろちょろと流れ、くぼみには赤黒い血だまりができていた。
あわわわわ……。
英斗はその凄惨な情景に思わずよろけ、ペタンと座り込んでしまう。
あの頼もしいドラゴンが倒されてしまった。それは英斗の心を折るのに十分なインパクトをもって脳髄を揺らす。もはや魔王討伐どころではない。
「そ、そうだ、紗雪とタニアは?」
英斗はガクガクと震えるひざに
「さ、紗雪ーーーー!」
英斗は、叫びながらヨタヨタとしながら必死に足を動かし、紗雪を目指した。かなりの距離を吹き飛ばされてしまっていてダメージが心配だ。
近づくと紗雪は藪の中でぐったりとしている。顔は傷もなく綺麗で安心したが、血色が悪い。
「お、おい、大丈夫か!?」
英斗は声をかけてみるが返事がない。
「お、おいって……」
英斗はほほを軽く叩いてみる。すると、口から真っ赤な鮮血がタラリと流れだした。
ひっ!
あわてて身体を調べると、太い枝が紗雪の胸を貫通するという絶望が目に入ってくる。
英斗は声にならない声を上げながらしりもちをついてしまった。血のりのべったりとついた太い枝のあたりからはおびただしい血が流れた跡があり、見るからに即死という状況である。
英斗は凄惨な状況に声を失い、ガタガタと震えながら首を振り、後ずさった。
次々と失われていく命。一体何がおこっているのかわからず、英斗は青い顔をしながら紗雪のきれいな死に顔を見つめていた。
さっきまでみずみずしく、熱いキスを交わした唇も今や青くなり、石の彫刻のようになってしまっている。
「う、嘘だろ。おい……」
自然と湧いてくる涙をぬぐいもせず、英斗はただ紗雪に話しかける。しかし、紗雪はもはやピクリとも動かなかった。
あ……、あぁ……。
どうしたらいいか分からず、英斗は力なく紗雪に手を伸ばし……そしてガックリとうなだれた。
と、その時、青白い光が紗雪から放たれ始める。
え?
英斗はその神聖な淡い輝きを不思議そうに見つめる。
やがて紗雪の身体が徐々に色を失い始め、透明になっていく。
一体何が起こっているのか分からず、英斗は呆然としながらガラスみたいになっていく紗雪を眺めていた。
紗雪がすっかり透明な水色になった時だった、いきなりドロリと液体になって紗雪が流れ出す。
死体が溶けていく、そんな想像もしない出来事に英斗は驚き、思わず飛びのいた。
流れ出した水色の液体はやがてくぼみのところに集まり、神聖な水色の光を放ちながら球体となり、大きく育っていく。
最終的に紗雪はまるで魔物のスライムのようになってしまった。
英斗はこの不可思議な現象に圧倒され、首をひねる。
レヴィアはこの世界では自分たちは不老不死だと言っていた。であるならば、これは紗雪が再生するプロセスなのだろう。しかし、スライムがどうやって紗雪になるのか見当もつかなかった。
神々しい光を放つ水色のスライム。英斗は次はどうなるのかドキドキしながらじっと眺めていた。
いつまで経っても何も変わらないと思っていた英斗だったが、よく見るとスライムの内部に金色に輝く小さなかけらがあることに気が付いた。
英斗は急いでスライムに近づき、そっとそのかけらを見つめる。それは小さすぎて良く分からなかったが小魚のシラスのような形に見えた。なぜスライムの中に魚が生まれたのかよく分からず首をひねる英斗。
徐々に大きくなってきた魚は頭が丸くなり、小さなクリっとした目が付いた。
英斗はハッとする。ここに来てようやくこれが人間の胎児だということに気が付いたのだった。そう、きっとこれは受精卵から赤ちゃんになる過程なのだ。
さらに胎児は大きくなっていき、水色のスライムの中で立派な赤ちゃんへと成長していく。それはまさに生命の神秘ではあったが、本来お母さんのおなかの中で十カ月かかるプロセスを数十分で再現している。こんなので本当に大丈夫なのだろうか?
そろそろ出産となってスライムから出てくるのかと思ったが、赤ちゃんはそのままスライムの中で成長を続けていく。
紗雪が戻ってくる。それは絶望に打ちひしがれた英斗にとっては福音だったが、不老不死という自然の摂理を無視したこの世界の奇妙な力はまた別の不安を呼び起こす。
こんな復活方法があるとしたら自分たち人間は何なんだろう? 今まで培った記憶や経験はどうなってしまうのだろうか? 次々と湧きおこる疑問に首をひねりながら、英斗は静かに可愛い赤ちゃんを眺めていた。
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